時代を動かした人物への敬愛が溢れる一冊/『余烈』

文字数 1,340文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は柳亭小痴楽さんがとっておきの時代小説をご紹介!

柳亭小痴楽さんが今回おススメする時代小説は――

小栗さくら著『余烈』

です!

 今作は「波紋」「恭順」「誓約」「碧海」と四つの章に分けられ、それぞれ幕末を動かした一人の人物に着目して、心の内を見事に描き上げて一冊にした短編集だ。


「波紋」では、薩摩藩の人斬り半次郎こと中村半次郎が心から師と仰いでいた軍学者・赤松小三郎を討てという藩命に翻弄される様を、湖に滴り落ち溢れる水に喩えて表現している。本当にしなくてはいけない事を教えてくれ、また、それをしようとする勇敢な姿を見せてくれていた小三郎。一方で監察というお役目をくれた西郷隆盛や薩摩藩にも抗えないほどの恩義を感じていた半次郎。何のため、誰のためばかりで自分のために動けない、この時代の悲しい人物を深く知ることができた。


「恭順」では、徳川慶喜にまで進言をし、最後まで幕府の為に戦おうとしてきた幕臣・小栗忠順とその義理の息子・又一を描く。大政奉還が成された後も徳川のためにではなく、これから異国と並べるようなより良き日本を作るために、幕臣として学んできた力や知恵を上州権田という土地から植え、育てていこうと異国の船を語り村人たちと一つになるべく寡黙に努力する忠順。そして若さ故に忠順の本当の心を理解できない又一。その二人の迎えた結末の儚さに悲しみが込み上げてくる。


「誓約」では土佐藩士・武市半平太の志と挫折を描いていく。個人的にこの章が一番気になっていた。今まで私は幕末を描いた時代小説を読むなかでこの尊王攘夷の過激派・武市半平太という武士にとても悲しい哀れさを感じてしまっていた。彼は敬愛する主君を間違えてしまっていたんだと思う。どうしても山内容堂という人物を好きになれない。半平太もそうだったのだろう。だからこそ行き過ぎた必死の奔走の結果、過激派となってしまったのだと思う。章最後の妻・冨の想いに、今まで私が土佐藩に感じていたやり場のない哀しさをそっと吹き消された気がした。


「碧海」では、新選組副長・土方歳三、その側近である立川主税に与えられた生涯の使命が主題となる。時は明治、新政府軍からの攻撃を受け箱館で亡くなった土方。誰のためでもなく自分のためにと最後まで戦い抜いた土方歳三の意地。その意地を軍記として土方の故郷・日野へ届ける主税。土方を先生と仰いだ立川主税の何とも清々しい生涯の意地が本書最後の章として綴られている。


『余烈』という言葉を調べてみたら、先人の残した功績という意味と出た。全章から人物一人一人の抱く人や国、モノへの敬愛の念が、またそれ以上に著者の登場人物たちへの敬意、愛情が温かく伝わる本だった。

この書評は「小説現代」2022年9月号に掲載されました。

柳亭小痴楽(りゅうてい・こちらく)

落語家。1988年東京都生まれ。2005年入門。09年、二ツ目昇進を機に「三代目柳亭小痴楽」を襲名。19年9月下席より真打昇進。切れ味のある古典落語を中心に落語ブームを牽引する。

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