ミイラが探偵?古代エジプトが舞台の本格ミステリ/『ファラオの密室』

文字数 1,367文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は若林踏さんがとっておきのミステリーをご紹介!

若林踏さんが今回おススメするミステリーは――

白川尚史著『ファラオの密室

です!

 なるほど、だから古代エジプトなのか。


 白川尚史『ファラオの密室』は第二十二回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した新人作家のデビュー作だ。小説の舞台は何と紀元前十四世紀のエジプトである。古代エジプトが舞台のミステリ、と聞いて尻込みしてしまう人も多いのではないか。なに、今度の『このミス』大賞受賞作は世界史に詳しくないと読めないのかって。心配はご無用。古代エジプトに関する知識が無くても十二分に面白く、それでいて古代エジプトならではの謎解きが楽しめる作品なのだ。


 まず読者の心を摑むのは、魅力的な二つの謎だ。一つは先代王のアクエンアテンのミイラが消失する謎である。アクエンアテンのミイラは王墓の玄室に収められていたはずなのだが、葬送の儀を執り行う段階になって棺の中から消えてしまっていたことが分かる。玄室は常に監視されている状態にあったため、人の目を盗んで遺体を運び出すことは本来、不可能なのだ。


 もう一つの謎は本作の主人公の上級神官書記であるセティにまつわるものである。セティは王墓建設中に不慮の死を遂げミイラになり、その魂が冥界で審判を受けようとしていた。ところが真実を司る女神マアトはセティの魂を審判不能と判断したのだ。セティの心臓が欠けていたためである。審判を受けなければ死者の地に辿り着くことは出来ない。三日間の猶予をもらったセティは現世に戻り、心臓のかけらを探しはじめる。


 どちらの謎も不可能犯罪の要素を含んでおり、本格謎解き小説を愛する者ならば興味津々で頁を捲ることになるはずだ。しかも後者は死者が蘇るという、いわゆる〝特殊設定ミステリ〟の趣向もある。特筆すべきなのは、古代エジプトでは死者の復活が信じられていたため、現世に戻ったセティを見ても人々が特に驚くこともなくふつうに受け入れ、会話をしている点だろう。古代エジプトを舞台に選んだからこそ、ミイラが事件の謎解きを行うという奇抜な設定を違和感なく書くことが出来るのだ。


 展開もまた良い。セティの謎解きを辿る内に、物語のスケールが途方もなく広がる瞬間がやってくるのだ。また、第二章ではカリという奴隷の少女のエピソードが描かれるのだが、これが謎解きの本筋とどのように関わってくるのか、という興味で読ませる部分もある。大胆に広げた物語の先に、事件の真相を手堅くまとめている所も評価すべきだろう。朝永理人や鴨崎暖炉など、近年の『このミス』大賞関連の新人作家は謎解き小説の書き手が充実しているが、白川尚史も間違いなくその一人だ。

この書評は「小説現代」2024年4月号に掲載されました。

若林踏わかばやし・ふみ)

1986年生まれ。ミステリ小説の書評・研究を中心に活動するライター。「ミステリマガジン」海外ミステリ書評担当。「週刊新潮」文庫書評担当。『この作家この10冊』(本の雑誌社)などに寄稿。近著に『新世代ミステリ作家探訪 旋風編』(光文社)。

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