当事者しか知り得ない複雑な感情を綴る/『遠い家族 母はなぜ無理心中を図ったのか』

文字数 1,368文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は高橋ユキさんがとっておきのエッセイ・ノンフィクションをご紹介!

高橋ユキさんが今回おススメするエッセイ・ノンフィクションは――

前田勝著『遠い家族 母はなぜ無理心中を図ったのか』

です!

 自分の父親と弟を殺害した罪に問われた40代女性被告の裁判を傍聴したことがある。被告の母親は、夫と息子を娘に殺されたという被害者家族であり、いっぽうで、娘が殺人を犯したという加害者家族でもあった。家族を殺されたと恨むのか、娘を見捨てたくないと思うのか。相反する両方の気持ちを持ち、悩むだろうか。被告の母親の胸中を、私は想像することしかできなかった。


『遠い家族』は、この母親のような複雑な立場の当事者が、生い立ちから事件、そして今に至るまでを綴ったノンフィクションだ。


 著者の母親は、義理の父親を殺害し、その後自分も飛び降り自殺をした。高校を卒業し、大学進学を控えた18歳の春、バスケ部の合宿中、事件の知らせを受けた。


 韓国人の母親と台湾人の父親のもとに韓国で生まれた著者が物心ついた時、すでに両親は離婚しており、母親、父親、そして親戚のもとを転々とする幼少期を送った。7歳まで韓国、そして台湾に住んでいた12歳の頃、日本人と再婚した母親に呼ばれ、来日した。親の事情で転々としてきた著者がようやく高校を卒業した時、母親はその再婚相手を殺害し、自分も死んでしまう。


 息子である著者から見た母親は、行動力があり、情熱的だ。建設会社を経営していた義父の浮気を疑うとすぐに相手のところに向かう。不仲が続き、最終的には義父が家を出て行くと、母親は、部屋からどんどんと物を捨て、頭を丸め、著者に宛てた遺書を残し、この世を去った。


〈「私たちは生きているあなたを恨むしかないの。私たちはこれからあなたを恨み続ける。あなたはこれから一生、人殺しの息子として生きていきなさい」〉


 葬儀の後に義父の親族からこう言われた著者はしかし〈被害者の遺族でもあるのに、周りはそれについてはなにも思わないのだろうか〉とも思う。家族のことを周囲に明かさぬまま、舞台俳優として活動する中〈もっと心からみんなと関わりたい〉と、母親の事件を題材に舞台を作ることを決意する。テレビ番組から密着取材を受け、親戚や知人を訪ね歩き、話を聞く。そうして著者が綴るのは、シンプルな、こんな言葉だった。


〈母に会いたい。無性にそう思った。母に会って話がしたい。一緒にご飯が食べたい。もう一度アカスリをさせて欲しい〉


 本書はその時々の出来事や、ふとした思い出が、著者の感情とともに綴られる。まるで人の日記を盗み見ているような感覚を覚える。読了後、著者のSNSを見た。舞台俳優として活動を続ける彼の姿が、母親にも見えるといい。

この書評は「小説現代」2023年7月号に掲載されました。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)

1974年生まれ。女性の裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。『あなたが猟奇殺人犯を裁く日』などを出版。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『暴走老人・犯罪劇場』『つけびの村』『逃げるが勝ち』。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色