怪談とミステリが混ざった奇妙な物語/『でぃすぺる』

文字数 1,344文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は若林踏さんがとっておきのミステリーをご紹介!

若林踏さんが今回おススメするミステリーは――

今村昌弘著『でぃすぺる』

です!

 なるほど、怪談と謎解き小説の組み合わせにはこんな方法もあるのか。


 今村昌弘『でぃすぺる』は町に伝わる七不思議の謎を追う小学生の物語だ。語り手の“おれ”こと木島悠介は、小堂間小学校に通う六年生だ。夏休みが明けた二学期の始業式の日、悠介はクラスの掲示係に立候補する。掲示係には廊下に張り出す壁新聞を作成する仕事が課されている。オカルトが大好きな悠介は、新聞上にオカルトを扱うコーナーを作って皆を楽しませる記事を書こうと思ったのだ。だが、ここで意外なことが起きる。優等生で次期委員長も務めると思われていた波多野沙月が、何故か掲示係に立候補したのだ。さらに沙月は同じく掲示係になった悠介に対し、自分たちが住む奥郷町の七不思議について調べてみないか、と提案する。


 怪談の起源や要因を論理的な推理で解き明かすという形式の物語は多くの前例がある。本書もその系譜に連なるものか、と思って読み進めると、やや様子が異なることに気付く。実は沙月が七不思議の謎に拘るのには理由がある。彼女の従姉である大学生の真理子が町の運動公園のグラウンドで死体となって発見される事件が起きていた。真理子は死ぬ直前に奥郷町の七不思議について調べていたらしく、真理子の死と七不思議には何か関連があるのではないか、と沙月は考えたのだ。怪談そのものを解き明かすのが目的ではなく、その外にある謎を解決するために怪談の謎に挑むという怪談ミステリとしてはやや風変わりな発端が描かれるのだ。


 今村は『屍人荘の殺人』を始めとする〈剣崎比留子〉シリーズにおいて、探偵小説のガジェットであるクローズドサークルに新味をもたらす試みを行った。ジャンルの外にある要素を組み込むことで、謎解きミステリの可能性をさらに拡張させる実験だったと言えるだろう。『でぃすぺる』の場合はちょっと違っており、ミステリの趣向や技巧の組み込み方に過去作とは異なるアプローチが行われているのだ。ネタ晴らしにならないようにぼかして書くが、本書は本格謎解き小説の形式をかなり屈折した形で組み込もうと挑戦している。オカルト肯定派の悠介と否定派の沙月の推理を並列させる、という趣向が例の一つだが、それ以外にも様々な試みがなされている。なかには「おお、あれをこんな風に使いますか」とミステリファンの度肝を抜くようなことにも挑んでいるので要注目。ジャンルに寄りかかっているようで寄りかからない姿勢が、捉えどころのない奇妙な物語を生むことに成功している。

この書評は「小説現代」2023年11月号に掲載されました。

若林踏(わかばやし・ふみ)

1986年生まれ。ミステリ小説の書評・研究を中心に活動するライター。「ミステリマガジン」海外ミステリ書評担当。「週刊新潮」文庫書評担当。『この作家この10冊』(本の雑誌社)などに寄稿。近著に『新世代ミステリ作家探訪』(光文社)。

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