平清盛邸で起きる怪事件/『揺籃の都 平家物語推理抄』

文字数 1,325文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は若林踏さんがとっておきのミステリーをご紹介!

若林踏さんが今回おススメするミステリーは――

羽生飛鳥著『揺籃の都 平家物語推理抄』

です!

 時代設定を最大限に活かしたトリックやロジックの数々に魅了される。羽生飛鳥『揺籃の都 平家物語推理抄』はそのような小説だ。


 羽生飛鳥は「屍実盛」という短編で第十五回ミステリーズ!新人賞を受賞し、二〇二一年に同作を収めた『蝶として死す 平家物語推理抄』でデビューした。これは平清盛の異母弟に当たる平頼盛を探偵役にした歴史ミステリの連作集で、「屍実盛」では五つの首なし死体のなかから木曾義仲の恩人を探し当てるという風変わりな謎が用意されていた。『揺籃の都』は前作に続き平頼盛が主役を務める長編作品だ。


 平清盛が福原遷都を強行した一一八〇年、清盛は頼盛を招き、ある青侍(身分の低い家人)を探し出して欲しいと依頼する。その青侍は平家に不吉な出来事が降りかかる夢を見たと巷で吹聴しているのだという。従者の弥平兵衛とともに問題の青侍を見つけ出した頼盛だが、追いかけている最中に青侍はある邸へ逃げ込んでしまう。その屋敷は何と平清盛の邸宅であった。後日、清盛邸を訪ねた頼盛は奇怪な事件に遭遇する。平家が朝廷より授かった守護刀が、保管場所である清盛の寝所から消え失せてしまったのだ。さらに邸宅内で先日、頼盛が追いかけていた青侍がバラバラ死体となって発見される。


 冒頭から不可能と不可解に彩られた謎が矢継ぎ早に提示され、とにかく飽きさせない。京内に物の怪が現れているという噂や、清盛邸内で起きた異形の目撃談など、オカルトめいたエピソードをふんだんに盛り込んで興味を搔き立てるあたりは米国のミステリ作家ジョン・ディクスン・カーの謎解き小説を彷彿とさせる。


 圧巻は真相解明の場面で次々と明かされるトリックである。どれもが平安末期という舞台を選んだからこそ成立し得る独創的なもので、どれ一つとして手抜きで作った印象を感じさせないのが素晴らしい。本書は優れたハウダニット小説なのだ。


 また、栄華を誇った平家が綻びを見せ始めた時を描いた歴史小説としての読みごたえもある。遷都を強行した福原京の荒廃に加え、この時期の平家は富士川の戦いで源氏に大敗を喫している。にも拘らず、邸内に集まった清盛の息子たちは危機感を持たずに暢気な様子で、それを見た頼盛は嘆かわしい思いに駆られるのである。絶対的な強者の驕りや凋落の兆しを、平家の中では異端として扱われた平頼盛の視点を通して読者は感じ取るのだ。諸行無常、盛者必衰という言葉が推理の合間によぎる。

この書評は「小説現代」2022年9月号に掲載されました。

若林踏(わかばやし・ふみ)

1986年生まれ。ミステリ小説の書評・研究を中心に活動するライター。「ミステリマガジン」海外ミステリ書評担当。「週刊新潮」文庫書評担当。『この作家この10冊』(本の雑誌社)などに寄稿。近著に『新世代ミステリ作家探訪』(光文社)。

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