災害に寄り添った男と村の再建の物語/『火山に馳す 浅間大変秘抄』

文字数 1,307文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は田口幹人さんがとっておきの時代小説をご紹介!

田口幹人さんが今回おススメする時代小説は――

赤神諒著『火山に馳す 浅間大変秘抄』

です!

 令和六年能登半島地震により被害に遭われた皆さまへ、心からのお見舞いを申し上げます。そして、ご家族や大切な方々を亡くされた皆さまへ、謹んでお悔やみを申し上げます。今なお余震が多発し予断を許さない厳しい状況が続いているとの事ですが、一日でも早い復旧と復興を願っております。

 被害状況が詳しく分かり始めた一月中旬、本作を読んだ。年の始めに本当に心に残る大切な一冊となった。

 二〇一一年三月十一日、僕は岩手県盛岡市で被災した。東日本大震災は、人間は自然の前では無力に等しいことを痛感した出来事だった。一方で、復旧・復興に向け自分を顧みずに懸命に励む人間の強さや、寄り添っていただいた多くの皆さんの優しさも実感した。

 本書は、江戸時代中期に発生した浅間山の大噴火で土石流に襲われ、地中に埋まってしまった鎌原村を舞台とした物語である。住人の多くが土石流に流され命を落としたが、高台に避難した九十三人が生き残った。

 家族や友、長年ともに暮らしてきた隣人たち、そして生活の痕跡すら一瞬で失った残された村人たちは、またいつ噴火するか分からない火山の麓のこの地で村を作り直し、営みを再開するべきか、分散移住など他の村に移り住むかの決断を迫られることになる。

 被害状況を把握するため、天領の検分使として派遣された根岸九郎左衛門が、最後の検分で訪れたのが鎌原村。見渡す限りすべてが薙ぎ払われた一面の灰砂を見た根岸は、同行していた代官・原田清右衛門の反対を押し切り、この地での村の再建を目指していく。

 原田の言い分の方が政としては正しいのだが、これまでも多くの御救普請に携わってきた根岸には、政の道理の前に、決して忘れてはいけないものがあった。それは、本書にも繰り返し登場する「寄り添う」ことだった。

 私欲を持たず、大切なものを失った者たちに寄り添い、それぞれが前を向ける体制と環境を整えることこそが政であるという強い信念が、根岸の行動の原点となっている。「寄り添う」ことと「助けること」には違いがあるのだ。幕府内の政争にも翻弄されながら、根岸の優しくも厳しさを持った言葉と行動が、住人に覚悟を植え付けてゆき、少しずつ前に進む兆しが見えてくる──。

 根岸は奇談や雑話を聞き書きした『耳袋』の著者としても知られている人物である。本書にも奇談や怪談が随所にちりばめられているのだが、物語が佳境を迎える場面には、『耳袋』の誕生秘話もリンクしており、幾重にも楽しめる物語となっている。

この書評は「小説現代」2024年3月号に掲載されました。

田口幹人(たぐち・みきと)

1973年生まれ。書店人。楽天ブックスネットワークに勤務。著書に『まちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕す』『もういちど、本屋へようこそ』がある。

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