第9回

文字数 2,464文字

感染拡大がいったん収まり、一部外出や経済活動が解禁されたものの「withコロナ」時代を生きることになった人類。


仕事も飲み会も「家でやろう」に変わり、パリピやリア充からまさかのひきこもりに主役の座が移ったように見える。


しかし、「明治維新以来の日本の夜明け」とのぬか喜びは禁物、そこには様々な罠も潜んでいた!?


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする困難な時代のサバイブ術!

希、あの時俺と結婚しておけばこんなことには。


そう思っている男性、もしくは女性も多いのではないだろうか。


しかし、コロナの影響による強制ひきこもり期を経て、こうやって他人の棒の不始末に国を挙げて騒げるようになったのは、世の中が日常をとりもどしつつある証拠と言えなくもない。


そう言いたいところだが、コロナ全盛の時ですら「杏離婚決意」がトレンドに入っていたことを私は忘れていない。

「他人の棒に隠れて他の重大ニュースが見えない」それが現在の日本の報道である。


もう不倫ニュースなんてたくさんだ、と思うなら、反応しないのが一番だ、需要があるからメディアもこぞって取り上げるのである。


しかも不倫ニュースというのは見ていて楽しいものではない。

中には、完全に対岸の火事として楽しんでいる人もいるかもしれないし「希は不倫されたが、私は不倫されたことがない(独身だから)これは実質希に勝ったのでは?」という謎優越感を得ている人もいるのかもしれないが、基本的に不倫ニュースを見て湧いてくる感情は、不快と怒りである。


スカッとジャパン要素があるとしたら、不倫という日本特有の国家の大罪を犯した人間を中華包丁のあえて背中の方で叩くぐらいだが、なんと不倫は民事上「罪」ではあるが、訴えられるのはされたパートナーぐらいで、「不倫した奴は赤の他人も叩いてOK」という法はないのである。


よって調子に乗って叩くと誹謗中傷で訴えられたり、最悪「不倫した奴に殺害予告して実名逮捕」という事態もあり得る。

そうなったら今度は、自分がワイドショーで消費される側である。


では、訴えられない程度に叩いたり、叩かれているところを観戦すれば良いかというと、罵詈雑言というのは、言うのも見るのも疲れるため、やっている時は楽しくても最終的に残るのは「疲労感」だけの事が多く、少なくとも得るものは何もない。


つまり他人の棒のムーブを追って一喜一憂するというのは精神に悪く、時間の無駄でしかない、ということである。

そして何が言いたいかというと、ひきこもりはそういった、何の得もなく疲れるだけのニュースを一日中ネットで追ってしまう、というような「何の成果を得られませんでした!!」な一日を自ら量産しがちなのである。


ひきこもりというのは、いわば「王」だ。

ただ、国の範囲が「家」や「部屋」のみで国民は自分1人だけなのだが、統治者なのには変わりがない。

よって、命令する者もいないし、何をしても怒られない。


一見理想的に見えるが、苦言を呈してくれる家臣や、反乱を起こしてくれる国民すらいないため、王が己を律することができなければ、国という名の生活は瞬く間に傾き、「お前の国斜めってね?」と指摘してくれる者もいないので、そのまま国破れて山河在りになってしまう。


会社勤めをしていると「出社時間」という悪しき風習を守るため早く就寝したり、定時という社蓄解放宣言がなされるまでとりあえず仕事をするし、その時間内にネットで棒を追いかけていたら怒られるという監視までついている。


つまり会社という国に所属していると、嫌でも決められた時間に仕事をせざるをえなくなるが、在宅勤務やフリーランスなどのひきこもり型労働者は「決められた時間」というものがなくなる。


この、「好きな時間に仕事や家事ができる」というのがフリーランスのメリットとしてよく言われがちだが、言い方を変えれば「家事や仕事はいつでもできる」ということになってしまう。


「いつでもできる」というのは「やらない」を意味する。


仕事はまだ、個人でクソキュレ―ションサイトを作っている等でなければ、相手がいると思うので時間が迫ればさすがにやるのだが、「家事」に至っては、本当にやらなくなってしまう場合が多い。


何せ、時間を自由に使えるひきこもり様なのだ。家事も「いつでもできる」「やろうと思えばやれる」と思っているので「部屋を片付けなければいけない…だが今日じゃない」というバトルシップ精神で永遠にやらず、ゴミ屋敷化するケースがある。


また、寝る時間も食べる時間も自由なため、いとも容易く昼夜が逆転し、食事も「夕飯が3回」などの自由律俳句と化していく。


つまり、仕事や家事などのやらなければいけないことが一向に進まないまま時間が経っており、しかも何故か疲れているという日々が続き、さらに部屋が汚いという状態になる。


そうなると、生活が破綻する上、外にいるよりストレスを感じないはずのひきこもり生活にストレスを感じて、メンまでヘラってしまうのである。


つまり「ひきこもり」というと怠惰なイメージがあるかもしれないが、ひきこもりとして真っ当に生きていくなら、会社員よりもよほど「自己管理能力」が必要なのである。


しかも、会社員は会社にさえ行けば実質仕事をしていなくても何とかなるが、家で仕事をしている者は仕事をしないと、即餓死に繋がるのだ。


真っ当なひきこもりになりたいというなら、まず己が一国の王に相応しい器なのかを問うてみた方がよいだろう。

★次回は7月3日(金)更新です。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中。

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