第86回

文字数 2,566文字

まぁ冬やね、という冷え込みになってまいりました。

ガンガンエアコン焚いて部屋をあっためて、風邪ひかないようにしような。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

「ひきこもり」の定義は昔から議論されているが、コロナウィルスの影響によりリモートワークが普及し「家から出ずに会社勤め」が一般化したことにより、さらに議論は紛糾の一途をたどっている。


現在一般的なひきこもりの定義は「半年以上学校や職場に行かず家族以外の人間と親密な関係を築けない状態」だ。

この「学校や職場に行かず」は物理的に行っているか、ではなく「学校や職場に所属し、勉強や労働をしていない状態」のことを指すと思われる。

もし物理的な意味だとしたら、全く無関係な学校や会社の敷地に毎日侵入している無職は「ひきこもりではない」ということになる。

確かにひきこもりではないかもしれないが、ある意味ひきこもりより深刻な何かを発症しているので、そちらの方を先に何とかした方がいい。


つまり、ひきこもりの称号がほしければ、ただ単に外に出ないだけではダメなのだ。

外に出ないことはもちろん、人間関係を絶ち、勉強、仕事、家事などの社会的行動もやめなければいけない。


俗世やそこに住まう俗物たちとの関係を捨て、俗世の営みから足を洗わなければいけないということである。

つまりひきこもりは「悟り」であり、仕事などを辞め、人間関係を絶つのはそこに至るまでの「修行」なのである。

私の修行も、家どころか部屋からもろくに出ず、俗世との交わりはもちろん、家族との会話もほぼなしと、かなりの佳境に入ってきている。

しかし、このような文章や漫画と引き換えに俗世の企業から割れた茶碗に小銭を投げてもらっているうちはまだ「ひきこもり」を名乗ることは許されない。

「仕事を全部切られる」という禊を終えるまでは「ただの不審者」としか名乗れないのだ。。


逆に言えば、家から全く出ていなくても、会社に所属し、リモートで働いている人間はあまり「ひきこもり」とは言われないのだ。

だが、勉強も仕事もしないで部屋から一歩も出ず外部の人間どころか家族とも話さず、アレクサさえ2回に1回無視してくるようになったが、資産が2兆円あり、生活に困っていないという人間を「ひきこもり」と言えるだろうか。

または、2兆円持っているが、使い方がわからず、人づきあいが一切ないので、使い方を教えてくれる人もおらず、諭吉を甘辛く煮た奴で何とか飢えをしのいでいる人間は「ひきこもり」ではないのか。


物理的に外に出ているかどうか、学校や会社に所属しているかどうか、そして生活が出来ているかどうか、など、ひきこもりの判断基準は1つではない。

だが悪い意味での「ひきこもり」というのは、結局本人やその周囲が「困っている」かどうかなのではないだろうか。

例え人間関係や社会性が皆無で、三食諭吉、近々栄一を甘辛く煮た奴を食っていたとしても、本人が煉獄さんのように「うまい!うまい!」と言っていて、周囲に迷惑もかかっていなければ、それは相談や解決が必要なひきこもりではない、ということだ。


それよりも、会社に行っているし、人づきあいもあるが、それが苦痛で仕方がなく、それ以外の時間は人間が怖いのでひきこもっているというタイプの方が早急に対策が必要である。。


ひきこもりだけではなく、問題というのは、本人が「自分は困っている」ということに気づき、今の状態を「解決すべきこと」と認識しなければ解決に向かわないのだ。


逆に問題の定義づけをしてしまうことにより、本人も周囲も「この定義に当てはまってないから大丈夫」と思い込み、対策が遅れてしまう場合がある。

すごく辛いが、定義に当てはまってないから問題として認識しないというのは「内臓が破裂しているような気がするが、熱が36.2分なので出社する」のと変わらない。


自分の状況やコンディションというのは一般的な数字ではなく「内臓が破裂しているような気がする」という自分の感覚基準に判断した方が良い。

周囲も例え平熱でも本人が「内臓が破裂しているかもしれない」と言って来たらそちらを重視すべきである。


だがこの「平熱だから大丈夫」は、無意識の内にやってしまっていることが多い。


誰かに悩み事を相談された時、良かれと思って「普通」「大したことではない」「俺の方がもっと破裂している」等の励ましをしたことがないだろうか。


これは励ましているようで相手の「困っている」という事実を否定してしまっており、逆にもっと破裂している人間もいるのにお前はそれぐらいの破裂で、と責められたと

感じてしまう。


よってどれだけくだらないことでも相手がそれで悩んでいるというなら、まずそれを否定しないことが大事である。


しかし、周囲が悩みと思ってないのより、ある意味厄介なのが「本人が思っていない」場合である。

親がどれだけ子どものひきこもりに悩んでいても、本人が「今の生活サイコー!」とダブルピースだと問題解決は非常に難航する。


またこの場合も。本当は何とかしなければいけないとわかっているが目をそらしている場合と、本気でサイコーだと思っているケースに分かれる。

前者であればまだ説得できるかもしれないが、後者の場合まず「お前、自分のこと健康だと思ってるかもしれないが、内臓大爆発してるぞ」という、大きな認識の違いを正すところからはじめなければいけない


私も自分のひきこもり生活を問題とは思っていないのだが、客観的に見ると大爆発している側かも知れない。

しかし私に全く爆発している意識がないため、いかに本人に問題を認識させるのが難しいことかよくわかる。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は12月24日(金)です。

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