第96回

文字数 2,215文字

現在コロナ感染者数が未だかつてなく増えてしまっているようだが、同じコロナでもその症状はかなり個人差があり、最悪死に至る場合もあれば、自覚症状すらない場合もあるらしい。


さらに「後遺症」にも個人差があり、味覚障害から倦怠感まで様々なようで「陰茎が短くなった」という報告も少なからずあり、3.8センチも縮んだ人がいるそうだ。


これを聞いたとき、若干笑ってしまい他所でネタにしたこともあったのだが、よく考えたら「病気により後遺症が残った人を笑う」というのは、去年入れたインプラントのネジすら残らぬほど燃えてもおかしくない行為だ。


ちなみに、火葬後の骨ひろいでインプラントのネジが残ることは、普通にあるらしい。

私はすでにインプラントに総額三桁万円以上かけており、本体価格より高くなってしまっているので、ぜひ拾って壺に入れて欲しい。


ともかく、陰茎が短くなろうがその分キンタマが倍になろうが病によるものであり、本人にとってはこれ以上なく深刻なのだから絶対に笑ってはいけない。

しかし、未だに「痔になった」というコールに対し周囲が無意識に「口角を上げる」というレスポンスをしてしまうように、一旦根付いた「下関係の疾患はちょっと面白い」という「イメージ」を払拭するには長い時間がかかる。


つまり「イメージが悪い」というのはとても不利なことなのだ。


そして「ひきこもり」も非常にイメージが悪い存在である。

むしろこのイメージの悪さがひきこもり問題を助長しているともいえる。


最近Youtubeで不倫妻やモラハラ夫、クソ姑などが成敗される動画を見て己の正義感を高めている。


どれも「悪いことをした奴が罰せられる」というオチであり、「托卵」など、出てくる用語は若干難解だが、勧善懲悪の教材として子供に見せても良い。


だが、これらの動画に一つだけ言いたいことがある。

悪者の末路として「慰謝料を払うために昼も夜もなく働いている」というのは良いのだが、「ひきこもりニートに成り果てた」も結構多いのである。


つまり悪いことをした奴は罰としてヒキニートになるのがお似合い、というイメージが少なからずあるということだ。


当たり前だが、ひきこもりは悪いことをしたからなるわけではない。

もちろん悪いことをして国家権力から逃れるためにひきこもっている人もいるかもしれないが、パワハラやいじめなど悪いことをされてなった人もいるのだ。


だが、ひきこもりのイメージが極めて悪いため、甘えや自業自得でそうなったということにされてしまい、本人もヒキニートなる悪人の終着駅に自分がなってしまったことに自己嫌悪を感じ、より内にこもってしまったりするのだ。


よって、現在ではひきこもりの悪いイメージを払拭すべくメディアがひきこもりの特集を組んだり、元ひきこもりの著名人が体験談を語るなど、ひきこもりの悪いイメージを変える動きは増えてきているように思う。


だがそれ以前に、「ひきこもり」という名前自体が失敗しているような気がする。


ネーミングとしてはかなりセンスがあるのだが、国を挙げて解決すべき問題としてはあまり深刻さが伝わらないし、親しみがありすぎて「俺休日は全然外出てなくてマジひきこもりですわ」などウザい自己アピールに使われさらにイメージを悪くしているような状態だ。


そのせいか現在でも当事者以外にはひきこもりの重大性が認知されていない気がする。


「複雑骨折」とかであれば、どのくらいややこしく骨折しているのか具体的にはわからないが字面だけで「ただごとではない」と理解するし心配もするだろう。


ひきこもりも最初にもっとただごとではない名前をつけていたら現状は変わっていたかもしれない。

今でこそ、「振り込め詐欺」は巧妙な詐欺で誰でも騙される可能性があると周知されてきているが、最初は「オレオレ詐欺」だったため「そんなのに騙される方がバカ」というイメージになってしまい、危機感を持ちにくかった。


これでは良くないと思ったのか、その後オレオレ詐欺は「母さん助けて詐欺」という、さらに危機感がなくなった上にジェンダーバイアスまで盛り込まれるという最高に舐めた名前になったのだが、もちろんそれは浸透せず、「振り込め詐欺」で落ち着いた。


実は、ひきこもりという名前は良くないのではという意見は出ており、去年正式名称が発表された。


その名も「社会的距離症候群」だ。

大仰で大変よろしい。ひきこもりよりも大分ヤバそうな感じがするので、この連載も次回から「社会的距離症候群処方術」にしようかと思う。

タイトルだけ見たら偉い先生が書いていると思うに違いない。


ここで「お願いだから出てきてちょうだい症候群」とかにせず、ちゃんと素人でも「なんかすごそう」と感じる字面にしたのは正解だ。


やはり「母さん助けて詐欺」の失敗が生きているのだろう。

それを考えると、あれは必要な遠回りだったのだ。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

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