第75回

文字数 2,895文字

秋シーズン到来!


天高くひきこもりデブる季節、みなさんいかがお過ごしでしょうか。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

ついに来週ワクチンを打ちに行くことになった。

もしワクチンの副反応で数日使い物にならなくなったら仕事はどうするのか、という問題は、今のところ「一旦全ての予定を破綻させた後に考える」という、ビルドアンドスクラップ作戦しか思いつかないが、創造の歴史は常に破壊と共にあるのだ。

ただこの戦いには「創造が先か、生活の破綻が先か」という裏テーマもあるので、負けると本当にヤバいことになる。

本来なら、ワクチンで体調が悪くなることを見越して打ったあと数日ワクチン休暇を確保するのが一番いいのだが、副反応には「個人差」があり、一週間寝込んでしまう者もいれば、何事もなくむしろ食欲が爆発するなど、逆にちょっと元気になってしまう者まで完全に副反応ガチャ状態だと言う。


本当に体調が悪くなるかわからない以上、先に休暇を取るのは気が引け「何も起こらない」にワンチャン賭けて打ちに行っている人も多いのではないだろうか。

もちろん自分が賭けるなら良いのだが、中にはワクチン休暇を申請したら「何も起こらないかもしれないだろう」と上司にワンチャン賭けられてしまった人もいるかもしれない。


慎重な人は、賭けには出ずに「仮に数日倒れたとしても大丈夫な日」に打とうと考え、大丈夫な日を検討したところ「そんなものはない」と親の顔より見た横山関羽が現れ、逆に「永遠に打てない」という結論に達してしまったのではないだろうか。


こんなことなら「接種後48時間きっちりぶっ倒れる」というシステムだった方がまだ予定が立てやすく、迅速に受けに行けたような気がする。


しかし、フリーランスの仕事は「毎日が仕事で毎日が休み」と言われている。そしてその上にいるのが「週休7日」でお馴染みの無職だ。

つまり、フリーランスは出勤日が決められている会社員と違い、休みを作ろうと思えば巻きで仕事をするなどして休めるため、ワクチンも打ちに行きやすいはずなのである。


しかし、会社員と家に籠っている人間、どちらの方が迅速にワクチンを打ちに行っているかというと、数字が出ているわけではないので確かなことは言えないが、家に籠っている方が「行こうとは思えば行けるのに行ってない率」は高いのではないかと思う。


まず、ワクチンを打つためには外に出なければいけないため、その時点で外出慣れしている会社員よりひきこもりの方が打ちに行きにくい。

そして、フリーランスもしくはありとあらゆるものからフリーな無職は、スケジュールを自分で決められるため、ワクチンを打ちに行こうと思えばいつでも打ちに行けるが、逆に「いつでも打ちに行けるから行かない」のである。


「痩せようと思えばいつでも痩せれる」と言っている人間がエターナルデブなように、いつでも行けるとなったら「明日でもいいや」になるので、却って行くのが遅れるのだ。


このように、ひきこもり含むスケジュールが自由な人というのは、「やらなければいけないとはわかっているが、今すぐじゃなくていいもの」に対する初動が遅れやすいのである。

それよりも、1時間後に迫った締め切りや、3時間前に終わった締め切りの方を優先させ続け、結局「やらない」になってしまうのだ。


呼吸が一秒どころじゃなく止まってこのままだと星屑ロンリネスだぞ、という状態になればさすがに病院に行くが、ワクチンのように「予防」の段階だと「いつかは打ちに行く、だが今じゃない」とバトルシップ状態のまま時間だけが過ぎ、「ワクチン接種率80%」の20%側になってしまうのだ。


もし作家が他の職業より早死にだとしたら、作家の仕事が不健康というより、このように予防が出来ていない、そして「発見」が遅れがちなのが原因の一つではないかと思われる。


何故なら、ワクチンと同じように、フリーの人間がいつでも行ける精神でなかなか行かないのが「健康診断」だからである。


健康診断というのは本来なら年一回は受けるべきなのだが、フリーマンたちは会社員と違って「この日に健康診断に行かないと殺す」という日がないため、「行ける日に行く、つまり行かない」になりがちなのである。


私もそんな理由で、前回受けてから1年半間を空けて、今年の春に健康診断を受けに行ったが、これは正直「頑張っている方」だと思う。


しかし、頑張り虚しく「結果が届かない」という事態が起きた。

届かないなら届かないで問い合わせればよいのだが、ひきこもりというのはネット予約は十八番だが、電話などでの口頭問い合わせは0.001番なのである。

よって、せっかく健康診断を受けたのに「問い合わせようと思えばいつでも問い合わせられる」がここで発動してしまい、「3か月」ほど放置してしまった。

しかし、会社員の皆さまはご存じないかもしれないが、自由人たちはフリーと言いながら健康診断代がフリーではなく、基本的に自腹なのだ。

私はその健康診断に二万円ほど払っており、このままでは二万払って、尿を見せたり陰部に器具を突っ込まれに行っただけの人になってしまう。

そういうプレイだったとしても、同金額払うなら、田舎の健診センターより五反田あたりのしかるべき店にお願いしたい。

そんなわけで、再び一念発起し再送をお願いしたところ、結果は「腫瘍マーカー」というのっぴきならない部分が要精密検査になっていた。

もしヤバいものだったら、3か月の放置が命取りになっている。


ただ「病院にいかないとあなた死ぬわよ」と細木数子ぐらいはっきりした結果なら良いのだが、「検査した方がいい」なだけなので、また「行けるとき、行こう」が発動しかかった。でも、さすがに怖いので私にしては早めに病院に予約の電話をしたのだが、返ってきた返答は「来れる時に来てください」であった。


相手がそう言うのなら仕方がない、行ける時に行くとしよう。

そんなわけで精密検査を受け「緊急性のあるものではない」という結果が出たのは、健康診断を受けてから「5カ月後」のことであった。


もし緊急性のあるものだったら、既に死んでいたかもしれない。


そんなわけでひきこもりを外に出して何かをやらせたい時は、「日にちを指定する」ことをお勧めする。

ひきこもりの中には、「他人に怒られるのが嫌でひきこもりになった」という人間も多いので「この日に来ないと怒る」という態度を示せば、割ときっちり行くのである。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は10月8日(金)です。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色