第46回

文字数 2,477文字

あったかくなってきた! 春のうららかな陽光にもマケズ、ひきこもりを続けるぞ。


どんな季節も自室に籠城、

インターネットが私たちの庭なんです。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

完全な他社仕事であり当連載とは全く関係ないのだが、先日私の本が「NHKの番組に取り上げられる」ということがあった。


平素はNHKに対し受信料に対する文句しか言っていないのに、いざ自分の作品を宣伝してもらえるとわかったら「NHKさんに取り上げていただけるとはありがたき幸せ。実は拙者払い忘れないようにしている引き落としユーザーなんでござるよ。ボーっと生きてる場合じゃないんで(笑)」と、一瞬でN国に目をつけられる存在になってしまった。


やはり日本人は権力に弱い。

と、巨大主語で語るのは良くないので「俺は権力に弱い」と訂正しておく。


「今の若者はテレビなど見ない、youtubeとSNSで情報を収集している」と言っても、我が国はとっくに若者よりも老の数の方が多くなっているため、テレビや新聞の影響力というのはまだまだバカにできないのである。


そして何だかんだで公共放送の名前に弱いのは私だけではなく、NHKで作品が紹介されるとわかった途端、古くから私を応援してくれた他人や、最近私のことを知ってくれた他人など、多くの他人が祝福してくれた。

そして、他人がまるで我がことのように喜んでくれているころ、私は放送を見られるのに見なかった。


テレビで私の本を紹介してもらえるのは初めてではないのだが、「我が村で映る番組で放送される」というのは最後かもしれないのに、だ。

別に斜に構えていたわけではなく、「他人が自分のことを話題にしている」という状態に耐えられる人生を歩んできていないため、見た人に「こんな感じだった」と聞くのが限界なのである。


幸い、私の代わりにたくさんの他人が番組を視聴してくれ、中には録画や仕事を休んでまで見てくれた他人のおかげで、大体どのような内容だったかは把握することができた。


このようにたくさんのネット上の他人に祝われ、助けられている一方で「テレビ見たよ、すごいね!」と連絡をくれたリアル知人はストロングな「ゼロ」であった。


そもそも「NHKに映る」という僥倖を伝えたい人間が誰もいなかったため、「誰にも言っていない」のだから仕方がない。

ネット上に応援してくれる人間がたくさんいて嬉しい一方で、「リアルでの味方は誰もいない」ということが改めて分かった一日だった。


確かに、私の作品を見て私に好感をもってくれている人も、私と出会ったのが「会社」とかだったら絶対祝福する気にならなかったと思う。

むしろ「ろくに仕事もしねーで、隙あらばツイッターを見ようとしている奴が、何かテレビに出て褒められている」と知ったら、この世を呪うレベルで怒りを感じると思う。


しかし、私の作品が好きという人の肩を「それを描いている俺はこんなに腐ってるんですよ!」と激しく揺らしまくることに意味はない。


美しいラブソングを書く人が売れた途端古女房を捨てて若い女と再婚するように、作品と作者は別である。

だったら「本人ではなく作品の方と出会って良かった」という幸運を、素直に喜んだ方がいい。


私はリアル社会の中ではポンコツであり、迷惑をかけて嫌われることも多く、それ以前に他人に関心を持たれるようなタイプではない。


それがひきこもって他人に接せず、漫画や文章を書くことで、他人に迷惑をかけず、さらに数は少なくても人に喜んでもらえるのだとしたら、自分のためはもちろん他人にとっても「ひきこもって良かった」ということになる。


このように「ひきこもり」というのは、社会や他人にとって害悪と思われがちだが、逆にひきこもることによって迷惑をかけないばかりか、他人のためになることも出来るようになる人間だっているのだ。


類まれなる乳首相撲の才能を持っていたとしても、まず乳首相撲の土俵に立たなければその才能は開花できないし、才能があるということにすら気づけない。


「ひきこもる」というのは、そんな才能を生かせる土俵の一つということだ。


漫画『デトロイトメタルシティ』に「俺は音楽に感謝している。ミュージシャンにならなければ猟奇的殺人者になっていたから……」という文言がある。


ギャグ漫画なので、ネタ的な割合の強い言葉だが、個人的には希代の名言だと思っている。


人を、不良や落ちこぼれ、ひきこもりから救いスターにするのは、スポーツや音楽などキラキラしたものとの出会いと思われがちだが、ひきこもることだって、猟奇殺人鬼になるしかなかった奴を踏みとどまらせ、スターになるきっかけになったりするのである。


人は自分の能力を発揮できるものや場所を見つけるか見つけないかで、猟奇殺人鬼になるかスターになるかの差が出るのだ。


中にはスターになれる才能を持ちながら、それを見つけられずに猟奇殺人鬼側で死んだ人間もいるだろう。それは余りにももったいない。


もし、外の世界で上手くいかない、もしくは猟奇殺人鬼になりそうだという人は、一旦ひきこもりながら出来ることを探してみれば、意外と外より活躍できたということもあるかもしれない。


黒星しかとれない土俵にしがみつくより、自分が勝てる乳首相撲の土俵を早く見つけた方が良いのである。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は3月19日(金)です。
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