〈6月19日〉 榎田ユウリ

文字数 1,281文字

オオゴマダラは1000ベルである


 緊急事態宣言が発令され、解除され、東京アラートが発動され、解除され、そんな春から初夏にかけて私は森にいた。
 もとい、島である。無人島にいた。
 魚を釣り、昆虫を捕らえ、小さな家を建て、土木工事も河川工事もテキスタイルデザインまでこなし、島を開発していたのだ。
 そう、ゲームで。
 ニュースで取り上げられたりもしたので、ご存知の方も多いだろう、『あつまれ どうぶつの森』である。前述の通り、自分で理想の島を作るのが目的だ。シリーズで発売されているが、私は本作が初プレイだった。擬人化された動物たちとほのぼの暮らすことを想像していたのに、家を買えばローンがのしかかり、カブを買ったらその価格変動に一喜一憂という(絵面はあくまで野菜のカブ)、なかなか気が抜けないゲームだった。
 感染者数と死亡者数の告げられる日々の中、私は島で斧を振るっていた。
 医療関係者が過酷な現場で働いている間、何十匹ものオオゴマダラを捕まえていた。オオゴマダラはなかなかの高値で売却できる蝶なので、見つけたら必ず捕獲することにしていた。網を、こう、シュビッ! として。
 この時間でオンライン英会話を学んでいたら、かなり上達していたと思う。
 ワークアウト動画を見て腹筋をしていたら、ビキビキに割れていたかもしれない。
 でも私はゲームをしていた。ゲームをしながら「いったい自分はなにをしているんだろう」と時々考えた。後ろめたさを感じていたのかもしれない。顔なじみの宅配のスタッフが「いや、もう、きっついです」と半笑いしてたのを思い出し、福祉施設での集団感染の報道を思い出し、でも私はやっぱりあつ森をしていた。あ、仕事もちょっとはしていた。
 このゲーム、英語ではAnimal Crossing : New Horizonsという。
 世界的なヒットとなり、発売から6週間で販売数は1300万本を突破。外出自粛どころかロックダウンとなった都市では、うってつけのゲームだったのだろう。それを現実逃避と冷笑するのは簡単だが、実際ホームにステイしていろと言われているのだし、四六時中COVID-19のことばかり考えているのもメンタルに悪い。
 だから多くの人がゲームをしていた。私もしていた。
 我が家はいまや二階建て3LDK、檜風呂つきである。最近タヌキが「地下室を作らないか?」と営業をかけてくる。
 BBCのニュースでは、外出制限で祖父の墓参りに行けない女性が、ゲームの中に祭壇を作り、お参りする様子が報じられていた。BBCの記者が取材に訪れ、ちょこまかと元気に走り回っていた。
 もちろん、彼女の作った島の中で。


榎田ユウリ(えだ・ゆうり)
東京都生まれ。2000年『夏の塩』でデビュー。「宮廷神官物語」シリーズ、「妖琦庵夜話」シリーズ、『この春、とうに死んでるあなたを探して』など著書多数。榎田尤利名義でBL小説も多く発表している。

【近著】

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み