〈4月8日〉 森 博嗣

文字数 1,190文字

静かな緊急事態生活




 世界中大騒ぎになっているようだけれど、僕はもともと人と会わない生活をしているため、変化は皆無(かいむ)。マスクも必要ない。毎日犬と遊んで、模型飛行機や庭園鉄道で遊んでいる。15年ほどまえから完全にテレワークだし、1年間にせいぜい10人程度しか他者と会わない。電車やバスには一切乗らない。人と食事をすることもなく、家族とも食事は別の場合がほとんど。買いものにも出かけない。さすがに2月くらいから、通販で届いた段ボール箱を2日ほど放置するか、消毒してから開けるようにしている。
 以前にエッセィで書いたとおり、都会の満員電車は病原体を培養(ばいよう)する装置といえる。大学に勤務していたときも、僕は自動車や自転車で通勤した。誰にも会わずに自分の研究室に籠もる習慣だった。出張では電車に乗ったが、人混みは空気が臭う。東京で電車に乗るたびに危険を感じた。
 満員電車や人混みから逃れるため、15年まえに大学を辞めた。原子力発電所から遠い場所、水害や土砂災害のない場所へ引っ越した。以前は風邪をよくひいたけれど、田舎(いなか)に引っ込んで以来、一度もひかない。
 書きたいことも言いたいこともない。依頼されたから、今これを書いている。ただ、1つだけ書いておきたい。誰か、もう指摘しただろうか。ニュースを見るかぎり、「致死率」を、死者÷感染者で計算しているようだけれど、死者÷(全快者+死者)が正しいのでは? 感染が拡大している段階では、感染者の大半は、治るか死亡するかまだわからない人数だからだ。
 僕から見ると、みんなはつながりすぎ、ソーシャルディスタンスが近すぎ、なにかというと「会」や「式」や「祭」をしすぎ、酒を飲んで騒ぎすぎだったので、15年まえに、しかたなく緊急事態宣言を自分に出した。おかげで好きなことができる毎日になった。自由と安心を得るためには、自分で考えて実行するしか手立てはない。僕は誰も非難しない。国が悪いと(いきどお)ることもない。誰にも関らず、国からも遠ざかっただけだ。


森 博嗣(もり・ひろし)
工学博士。1996年『すべてがFになる』で第1回メフィスト賞を受賞しデビュー。ミステリィ、SF、エッセィのほか新書も多数刊行。講談社タイガでWWシリーズ刊行中。最新刊は『キャサリンはどのように子供を産んだのか?』。日々のエッセィが収録されたブログ本シリーズ最新刊は『森心地の日々』(講談社刊)。著作についてなど、詳しくはホームページ「森博嗣の浮遊工作室」(http://www001.upp.so-net.ne.jp/mori/)


【近著】

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