〈4月17日〉 周木律

文字数 1,238文字

 1970年春、ケネディ宇宙センターから1基のロケットが打ち上げられた。
 アポロ13号だ。アポロ計画3度目の有人月面着陸をミッションとして意気揚々と地球を飛び立った宇宙船は、しかし約2日後、予想外の事故に見舞われる。
 機械船の酸素タンク爆発である。
 これにより、酸素タンクと燃料電池のすべてと、2つあった電力供給ラインのうちの1つが使用不能となってしまった。もちろん月面着陸は不可能、それどころか宇宙飛行士たちの命すら危ぶまれる事態となった。
 地球に帰還するには、月をぐるりと周回して戻ってくるルートが安全だ。だがそのためには約4日間という時間を要する。その間、飛行士たちはいかにして生き延びるのか。
 管制センターは、飛行士たちにまず着陸船に移動するよう指示する。着陸船を救命ボートに見立てたのだ。
 しかし着陸船は、2日間の有人月面着陸を行う目的で作られたものであり、3名の飛行士が4日間滞在するにはさまざまなものが不足していた。まず電力、そして水だ。酸素は十分な量が備わっていたのが不幸中の幸いだったが、一方で着陸船には毒性のある二酸化炭素を除去する能力に限りがあり、これをどうするかも大きな問題となった。
 飛行士たちは、数多の問題に、知恵と忍耐、そして勇気とともに立ち向かった。電力の消費を抑えるため船内温度をぎりぎりまで下げ、水を飲むのも最低限にした。司令船用のフィルターも、着陸船のろ過装置に取り付けられるよう手作りした。
 かくして着陸船は、楕円軌道を描きながら地球へと帰還。過酷な環境に耐えた3名の宇宙飛行士たちも全員無事に生還した。4月17日のことだった。
 「栄光ある失敗」とも称えられるこの事故は、僕たちにふたつのことを教えてくれる。
 ひとつは、どんなに準備していてもピンチに陥る可能性があること。
 もうひとつは、そのピンチを脱する方法は必ずあるということだ。
 僕たちは時として、唐突に窮地に追い込まれる。すべてが順風満帆に思えていたある日、突然、ぬかるみにはまるように危機的状況に立たされるのだ。
 けれど、絶望する必要はない。なぜなら、その苦境から脱け出る方法は必ずあるはずだからだ。
 そのためには、飛行士たちのような知恵と忍耐が必要かもしれない。それでも、勇気を持って立ち向かえば、その壁は必ず乗り越えられる。
 アポロ13号は、地球に還ってきた。
 僕たちも、知恵と忍耐と勇気を持って立ち向かおう。


周木律(しゅうき・りつ)
2013年『眼球堂の殺人~The Book~』で第47回メフィスト賞を受賞しデビュー。本作は「堂シリーズ」として人気を博し、『大聖堂の殺人~The  Books~』で完結した。そのほかにも『不死症』から始まる「症シリーズ」など著作は多数。最新刊は『小説 Fukushima 50』。

【近著】









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