〈5月8日〉 神林長平
文字数 1,327文字
日日是好日
さて、五月八日である。あなたは作家なので締め切り日を気にしつつ、書く仕事をきょうもしている。みんなを元気にさせる掌編のアイデアに悩みつつ、いま連載中の次回作も書きあぐねている。そこに担当編集者から『十二日を目処に原稿を送られたし』とのメールが来て、まだ書き出してもいないのにどうすればいいのだと、頭を抱える代わりに膝の上にいた猫を思わず抱きしめている。ああ猫はいいなあ、自分も猫になりたいとあなたは嘆息する。
——なかなか筆が進まないようなので、わたしが手助けをしてやろうと思う。
「きみは、だれ?」
わたしが書き込んだPC画面を見たあなたは、腕の中でジタバタしている猫を思わず放り出し、わたしに向かってそう訊く。
——どこって(とわたしは答える)、きょうは世界中が、わたしだよ。
「……それ、意味が通らない文だから」と作家らしくあなたは突っ込みを入れる。「いいかい、ぼくは、きみはだれなのかと訊いているんだ。わかる?」
——もちろん、意味はわかってる。わたしは五月八日だ。ちゃんとあなたの疑問に答えている。わかる?
あなたはわたしが書いた文字列を見つめて考え込み、それからおもむろに訊いてきた。
「それって、きみは〈五月八日〉ということか」
——そのとおり。正解です。
「つまりきみは、日にちに人格があると言っているわけだね」
——そう。
「ようするに、擬人化だ。日にちの擬人化って、面白いな。きみがだれであれ助かったよ。ヒントになった」
あなたの頭にアイデアが閃いて、さっそく書き出す。
『昔むかし、カレンダーの数字たちは仲が悪く、てんでに並んでいました。〈一月一日〉は、われこそいちばん偉いと言い、クリスマスイブの〈十二月二十四日〉は自分がいちばん楽しい日だと主張し、ほかの日も自分勝手な言い分を言い立てて譲りません。これに困り果てた人人は、数字たちに順序よく並んでもらうために、猫に助けてもらおうと……』
猫? なんで猫なんだ、とあなたは自分で書きながら首を捻る。ま、いいかとあなたは思う。とにかく書き出すことができたのだから、なんとかなる、と。そう、わたしが助けてあげたおかげだ。
わたしは〈五月八日〉だ。〈五月七日〉から生まれた。わたしの役割はただひとつ、〈五月九日〉を生むこと。それだけだ。
あなたは書き進めながら、〈きょう〉という日に感謝する。わかってもらえてわたしも嬉しい。あなたが幸せでありますように。
神林長平(かんばやし・ちょうへい)
一九五三年、新潟県新潟市生まれ。七十九年、短編「狐と踊れ」で作家デビュー。『敵は海賊』『戦闘妖精・雪風』シリーズなどで数多くの星雲賞を受賞し、九十五年、『言壺』で第十六回日本SF大賞を受賞した。『魂の駆動体』『永久帰還装置』『いま集合的無意識を、』『ぼくらは都市を愛していた』『だれの息子でもない』『絞首台の黙示録』『フォマルハウトの三つの燭台<倭篇>』『オーバーロードの街』『先をゆくもの達』『レームダックの村』など多数の著書を発表している。
【近著】
さて、五月八日である。あなたは作家なので締め切り日を気にしつつ、書く仕事をきょうもしている。みんなを元気にさせる掌編のアイデアに悩みつつ、いま連載中の次回作も書きあぐねている。そこに担当編集者から『十二日を目処に原稿を送られたし』とのメールが来て、まだ書き出してもいないのにどうすればいいのだと、頭を抱える代わりに膝の上にいた猫を思わず抱きしめている。ああ猫はいいなあ、自分も猫になりたいとあなたは嘆息する。
——なかなか筆が進まないようなので、わたしが手助けをしてやろうと思う。
「きみは、だれ?」
わたしが書き込んだPC画面を見たあなたは、腕の中でジタバタしている猫を思わず放り出し、わたしに向かってそう訊く。
——どこって(とわたしは答える)、きょうは世界中が、わたしだよ。
「……それ、意味が通らない文だから」と作家らしくあなたは突っ込みを入れる。「いいかい、ぼくは、きみはだれなのかと訊いているんだ。わかる?」
——もちろん、意味はわかってる。わたしは五月八日だ。ちゃんとあなたの疑問に答えている。わかる?
あなたはわたしが書いた文字列を見つめて考え込み、それからおもむろに訊いてきた。
「それって、きみは〈五月八日〉ということか」
——そのとおり。正解です。
「つまりきみは、日にちに人格があると言っているわけだね」
——そう。
「ようするに、擬人化だ。日にちの擬人化って、面白いな。きみがだれであれ助かったよ。ヒントになった」
あなたの頭にアイデアが閃いて、さっそく書き出す。
『昔むかし、カレンダーの数字たちは仲が悪く、てんでに並んでいました。〈一月一日〉は、われこそいちばん偉いと言い、クリスマスイブの〈十二月二十四日〉は自分がいちばん楽しい日だと主張し、ほかの日も自分勝手な言い分を言い立てて譲りません。これに困り果てた人人は、数字たちに順序よく並んでもらうために、猫に助けてもらおうと……』
猫? なんで猫なんだ、とあなたは自分で書きながら首を捻る。ま、いいかとあなたは思う。とにかく書き出すことができたのだから、なんとかなる、と。そう、わたしが助けてあげたおかげだ。
わたしは〈五月八日〉だ。〈五月七日〉から生まれた。わたしの役割はただひとつ、〈五月九日〉を生むこと。それだけだ。
あなたは書き進めながら、〈きょう〉という日に感謝する。わかってもらえてわたしも嬉しい。あなたが幸せでありますように。
神林長平(かんばやし・ちょうへい)
一九五三年、新潟県新潟市生まれ。七十九年、短編「狐と踊れ」で作家デビュー。『敵は海賊』『戦闘妖精・雪風』シリーズなどで数多くの星雲賞を受賞し、九十五年、『言壺』で第十六回日本SF大賞を受賞した。『魂の駆動体』『永久帰還装置』『いま集合的無意識を、』『ぼくらは都市を愛していた』『だれの息子でもない』『絞首台の黙示録』『フォマルハウトの三つの燭台<倭篇>』『オーバーロードの街』『先をゆくもの達』『レームダックの村』など多数の著書を発表している。
【近著】
