〈7月3日〉 林真理子

文字数 1,174文字

 何ヵ月ぶりかの銀座である。いや、一度か二度、タクシーでさっと目的地まで行ったことはあるのだが、地下鉄を使い、四丁目をゆっくりと歩いたのは、本当に久しぶりだ。
 目的のビルがわからず、四丁目の交番でおまわりさんに聞いた。前は地図を見て探しあてるのが大好きだったのであるが、最近はカンが鈍ってしまった。
 そして私はどこへ行ったのか。
 七月三日というのが、私に与えられた日である。嘘をつこうと思えばつけないこともない。カッコいいことを書こうと思えば、いくらでも出来る。が、真実をありのままに書くというのが、この企画の意図に違いない……。
 長々と書いたが、実は友人から紹介された肥満専門のクリニックを訪れたのである。
 昔から私は太り気味であったが、当時の写真を見ればどうということもない。ぽっちゃり程度である。それが六十をいくらか過ぎた頃から正真正銘のデブになり、何をやっても痩せなくなってしまった。しかも毎晩会食続き。坂をころげ落ちるように、体重を増やしていったのであるが、とどめをさしたのがこのコロナ自粛である。
 週に二回ほど行き、パーソナルトレーナーについていたジムも閉鎖になってしまった。お手伝いさんも時短になり、二時に帰る。私は毎日スーパーに行き、夕飯をつくった。野菜の多いメニューにし、ぬか床もつくる。それならば痩せそうなものであるが、夜は夫とワインを飲む。故郷のワイナリーを助けるために、甲州種のワインを何ケースも買ってあるのだ。ぐびぐび飲みながら、新しく加入したNETFLIXの「愛の不時着」を見たりする。至福のとき。
 書く仕事は山のようにあり、昼間はずっとうちにいて座りっぱなし、出るのはスーパーに行く時だけ。こうしている間に、体重はもう危険水域に達してしまったのである。
 しかも今年の人間ドックは「コロナが怖い」という理由でスルーしてしまった。
 あらためてそのクリニックで体重を測る。なんとコロナ前より四キロ増加! 血液も糖こそ高くないものの、コレステロールを指摘された。しばらく通うことになる。
 さまざまな数値にうちひしがれた私は、帰りに鳩居堂に寄り、美しい季節のハガキを二十枚購入。これでお中元のお礼を書こう。


林真理子(はやし・まりこ)
1954年山梨県生まれ。日本大学芸術学部卒業。1982年エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が大ベストセラーに。1986年『最終便に間に合えば/京都まで』で第94回直木賞を受賞。1995年『白蓮れんれん』で第8回柴田錬三郎賞、1998年『みんなの秘密』で第32回吉川英治文学賞、『アスクレピオスの愛人』で第20回島清恋愛文学賞を受賞。2018年に紫綬褒章を受章。

【近著】

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