〈5月23日〉 ごとうしのぶ

文字数 1,471文字

アマビエより愛を込めて


 土曜日は、ここ、桜ノ宮坂音楽大学は全学部が休講である。が、大学内の有料チケット予約制で時間貸しのレッスン室は通常営業で、自宅で楽器(声楽を含む)の練習ができない学生には重宝されているし、大学にいくつかある大小のオーケストラ、またはトリオやカルテットなどの室内楽の練習も大学構内のあちらこちらで行われていた。
 6月の鬱陶しい梅雨のシーズンを前に本日は気持ちの良い晴天、いつもは室内で行う練習を外で、青空の下で(厳密には直射日光は天敵なので何かしらの庇の下で)やりたくなるのは人情である。
「これが、駒澤くんからわざわざ送られてきた画像?」
 友人の野沢政貴の手元を覗き込みながら葉山託生が訊く。ポイントはわざわざの部分だ。
「そうなんだ。悪霊退散? じゃないな、疫病退散? かな。まあ、どっちでもいいんだけど」
 繊細そうな外見をしているが中身はざっくりしている政貴の、実に政貴らしい返答に、わざわざ画像を、――政貴を慮っての駒澤の行為が軽く流されたようで、気の毒になる。いや、高校時代からつきあっている恋人の反応など予想の範囲内で、この手のものはスルーされがちなのも慣れっこだとは思うのだが、にしても、の、ロマンチストな恋人を持つけっこうなリアリストしかも外見はロマンチスト、それが、託生の高校時代からの親しい友人であり音大でのライバルでもある政貴だ。
「……野沢くん、これ、もしかして、妖怪?」
 遠慮がちに訊いた涼代律は政貴と同じ楽器を専攻している友人で(もちろんライバルのひとりだ)、そっち系が大の苦手なのである。
「この程度で怖がるの、どうなんですかね」
 と冷静に突っ込むのは大学でも託生たちの後輩となった中郷壱伊。決して横柄ではないのだが、超一流オーディオメーカーのナカザト音響社長令息の壱伊は、高校時代から先輩に対してナチュラルに物怖じしなかったし、現在もまったく物怖じしない。
「そうだ。こういうの、ギイは、喜ぶんじゃない?」
 ふと、政貴が閃く。
「確かに!」
 託生は大きく頷いて、政貴から画像データをもらうとそのままギイへメールした。
 ギイこと崎義一。託生たちが高校へ入学したときには世界でトップクラスの大学を既に卒業していてそれを隠して一般人(?)を装って同級生として高校生活を送っていた、頭脳もルックスも抜群でナカザト音響ですら足元にも及ばないほどのとてつもない家柄の御曹司であり、庶民の託生とは天と地ほどの様々な開きだったり差があるのだが、それらを一切気にしない、とことんマイペースな恋人、でもあった。
 相手が世界のどこにいようとも、タッチひとつで送れるメールはありがたい。しかも多忙なギイから珍しく、すぐにメールの返信が届いた。
[託生、メールの本文に「アマエビだよ~」とあるが、これは 〝アマビエ〟では?]
「え!? 甘エビじゃなくて、アマビエ!?」
 間違いにどっと赤面した託生に、ギイからまたメールが届いた。そこには活きの良さそうなたいそう美しい甘エビの写真が。
 その後、託生のケータイの待ち受け画面がしばらく甘エビの写真になっていたのは、経緯はどうであれ、恋人(ギイ)からもらった画像が託生には嬉しかったという、ほのぼのとしたオチである。


ごとうしのぶ
静岡県出身。水瓶座のB型。BL小説の金字塔的作品「タクミくんシリーズ」は累計500万部を超える。

【近著】

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