〈4月29日〉 貫井徳郎

文字数 1,162文字

 ランプの魔神


 フリーマーケットで買ったランプを擦ったら、魔神が出てきた。
 二〇七〇年代にもなってランプの魔神とは前近代的だが、出てきてしまったものは仕方ない。お前の願いはなんでも叶えてやる、と言うから、しばし考えてAを殺してくれと頼んだ。Aは会社の同期である。おれより背が高くイケメンで、仕事ができるから出世頭で、社内一の美女と結婚した。こんな奴は殺したところで、誰も文句は言わないだろう。
 ところが魔神は、自分でやれと言う。殺人なんて後味が悪いから、いやなのだそうだ。願いをなんでも叶えるんじゃないのかと文句を言っても、引き受けてくれない。その代わり、ちょっと耳寄りなことを教えてくれた。
 平成十六年のみどりの日なら、何をやってもおれは捕まらないらしい。本当なんだろうなと念を押しても、ランプの魔神は嘘をつかないと言い張る。一応、信じることにした。
 二十一世紀前半にタイムトラベルが可能になり、今では過去へのツアーも珍しくなくなった。おれは平成十六年に行くことにした。もちろんまだAは生まれてないが、その祖父を殺すためである。
 平成十六年の日本は何もかもが珍しく、旗を振る添乗員に案内されてあちこち見て回った。そして自由行動の日に、Aの祖父になる男を捜してナイフで刺し殺した。自由行動の日がちょうど五月四日になるツアーを選んだのである。目撃されようと、証拠を残そうと、絶対に捕まらないのだから気にしなかった。
 だが、すぐに警察に通報されて現行犯逮捕されてしまった。どういうことなのか。ランプの魔神は嘘をつかないはずなのに。
「待って。今日はみどりの日じゃないの?」
 警察官に尋ねた。おれを地べたに組み敷いた制服警官は、怪訝そうな声で答える。
「何を言ってる。今日は国民の休日だ」
「何それ? 五月四日だから、みどりの日じゃないのか」
「みどりの日は四月二十九日だ。おかしなことを言うな」
 愕然とした。同時に、昔は昭和の日がみどりの日だったと聞いたことがあるのを思い出した。おれが生まれる遥か前のことだから、すっかり忘れていた。
 ランプの魔神は当然、それがわかっていたはずだ。わかっていて、みどりの日と言ったのだろう。あいつは魔神ではなく、悪魔だったのだと今頃気づいた。


貫井徳郎(ぬくい・とくろう)
1968年、東京都生まれ。早稲田大学卒業。1993年、第4回鮎川哲也賞の最終候補となった『慟哭』でデビュー。2010年『乱反射』で第63回日本推理作家協会賞受賞、『後悔と真実の色』で第23回山本周五郎賞受賞。近著に『我が心の底の光』『壁の男』『宿命と真実の炎』『罪と祈り』などがある。

【近著】

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