〈5月4日〉 辻真先

文字数 1,264文字

掌編ドラマ☆九十九神さま、さんざめく


カップ爺:仕事部屋の主の辻がテレビ演出家時代に買った。
ロッキン婆:辻はいつもこの揺り椅子でボーッとしている。
網どん:ベランダに面し穴だらけの老いさらばえた網戸。
ジオンちゃん:毎朝の検温用に辻が買った耳温計。

「辻はまだ寝とるのか? 仕事がないのか? 売れなくなったのか?」
「ゆうべ遅くに『未来少年コナン』を見たせいでしょ、ご主人は」
「だらしない(のう)。今なお現役で辻にコーヒーを飲ませとる(わし)を見い!」
ジオン「シュミじゃなーい、爺さん同士の口づけなんて」
「黙れ小娘。かの名優森繁(もりしげ)久弥(ひさや)愛用のカップとして大写しされた儂じゃぞ。ミュージカル『オオマイパパ』の主役ゆえに、泣く泣く辻が自前で買った高級品だわい」
ジオン「その話もう5回聞いた。昔の自慢なんかコロナ防疫の役に立つ? ベランダで居眠りしている網どんなんか穴だらけ。コロナどころかムシだって素通しじゃん」
「うぬ、これだから今の若いもんは!」
「ストレスを抑えないと肌にヒビが走りますよ。おや,ご主人がお目ざめだね」
「どうせ起きればジオンを手に、婆さんに(もた)れて欠伸(あくび)するのが関の山だ……や!」
「私につまずいた!」
「小娘が放り出された!」
ジオン「きゃあ―――――! 壊れちゃうウウウウッ!!!……アレッ」
「まあ,網どんにひっかかってる」
「なんじゃいジオンちゃん、わしの穴にブラ下がりよって」
ジオン「ああ、命拾いした……」
「よかったね、ジオンちゃん。さ、ご主人の体温を測ってあげとくれ」
爺「拾った命ならさっさと役に立て。あんたもつくも神の端くれだろうに」
ジオン「ハイ……ごめんなさい……ご主人さま、どうぞ」
「(大あくびしながら)見渡す限り熱海(あたみ)は街をあげての自粛中だな。まず検温表にメモしなくては。5月4日、10時10分。体温36度4分。……ええと、今日の仕事は講談社の文芸サイト<tree>だったが、なにを書けばいいんだろう?」


辻真先(つじ・まさき)
1932年愛知県生まれ。名古屋大学文学部卒業。脚本家として『鉄腕アトム』『デビルマン』など多くのアニメ、特撮作品に携わり、日本アニメを黎明期から支えてきた。1972年に『仮題・中学殺人事件』で作家デビュー。1982年に『アリスの国の殺人』で第35回日本推理作家協会賞を受賞。2009年、牧薩次名義で刊行した『完全恋愛』で第9回本格ミステリ大賞小説部門、2019年、日本のミステリー文学の発展に著しく寄与した作家として第23回日本ミステリー文学大賞を受賞した。

【近著】


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