〈6月6日〉 尾崎世界観

文字数 1,698文字

リターン


 今こそ、こんな時だからこそ、クラウドファンディングだ。今じゃもう、みんながやってる。大切なものを守る為にクラウドファンディングを立ち上げ、それを支援してもらってる。断捨離なんて古い。新しい時代が、分け合う時代が、すぐそこまで来てる。クラウドファンディングはちゃんと目に見える。怖くなった時、不安になった時、クラウドファンディングはちゃんとそばにいてくれる。部屋に一人、クラウドファンディングを開けば、PCの液晶画面から漏れる光が私の顔を暗闇に浮かべる。現在集まってる金額。目標金額。達成に向けた残りのパーセンテージ。それらの数字が、私をちゃんと照らしてくれてる。数値化された人の気持ちを眺めているだけで、心が強くなっていくのがわかる。初めてクラウドファンディングをして以来、私は数え切れないほどのクラウドファンディングに挑戦し、達成してきた。
 始めた直後に一気に跳ね上がり、そこからしばらくのあいだ動きが鈍る。そして、いよいよ終了まで残り3日。さぁ、ここからが勝負だ。クラウドファンディングで支援を待つ間は、とても生きてるって感じがする。それからの団結と爆発。支援者に背中を押され、見えない敵に立ち向かい、倒す。そして、達成。それがクラウドファンディングだ。そんな起承転結を、クラウドファンディングというストーリーを生きてる。お金が欲しいわけじゃないし、お金が惜しいわけじゃない。クラウドファンディングは、人と人、気持ちと気持ちの繋がりだ。
 いつも孤独で居場所がない。そんな私を救ってくれたのがクラウドファンディングで、そんな私を悩ませるのもまたクラウドファンディングだ。何度も達成を繰り返すことですっかり強くなった私の心は、もうクラウドファンディングを必要としなくなったはずだった。それなのに今、猛烈にクラウドファンディングがしたい。クラウドファンディングをしていない日々は、どうしようもなく退屈だった。
 そんなある日、近所に住む西岡さんが、庭で転倒して腰の骨を折った。それを聞いて、私の中のクラウドファンディング心が疼いた。
〈高齢者は生きる図書館。我が町の宝、西岡さんを助けたい〉
 早速立ち上げたクラウドファンディングは無事に目標金額を達成し、私はお見舞いがてら、西岡さんにそのお金を届けた。それなのに、西岡さんの表情は冴えない。せっかくの支援なのに。私は気を悪くした。ここまではまだ我慢できたものの、続けて西岡さんは「こんな出所のわからない金なんて要らない」と怒りを滲ませ言い放ったのだ。私は呆然としながら、ただ西岡さんの口の端に溜まった泡を眺めるしかなかった。
「余計なお世話なんだよ。あんたはあんたで自分のことをやってくれ。俺は、自分が生きる為の金は自分で払うと決めてるんだ」
 西岡さんは、なおも止まらない。リターン用のブロマイド撮影や動画撮影、さらには高額支援者用に計画していた西岡さんとお昼寝、西岡さんとキャンプ、西岡さんと聖地巡礼、それらもすべて断られてしまった。こちらで勝手に決めてしまったことは反省しているけれど、それも西岡さんの為を思ってのことだ。
 私は途方にくれた。そして、心の中で怒りの火が燃えるのを感じた。家に帰った私は、すぐにPCを起動させた。まだ、心が熱くてしょうがなかった。暗闇の中、怒りに歪んだ顔が浮かぶ。私は西岡さんに復讐する為、また新たなクラウドファンディングを立ち上げた。


尾崎世界観(おざきせかいかん)
1984年、東京生まれ。ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。2012年、アルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビュー。16年に刊行された半自伝的初小説『祐介』(現在は、書き下ろし小説を追加し、『祐介・字慰』として文春文庫より刊行)は大きな話題となった。近著に日記エッセイ『苦汁100% 濃縮還元』(文藝春秋)、対談集『身のある話と、歯に詰まるワタシ』(朝日新聞出版)がある。

【近著】

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