〈5月13日〉 佐藤青南

文字数 1,323文字

口が災いの元


「なんでも訊いてもらってかまいませんけど、僕はやってませんよ」
 西野が四角い(あご)を突き出してきた。
 胸を張って腕を組み、大きく脚を広げて椅子に腰かけている。行動心理学的に説明すれば、顎を突き出すのは攻撃態勢、腕組みは心理的防壁、胸を張って脚を大きく広げる座り方は、自らを大きく見せようとする示威行動。
 見事なまでの対決姿勢だと、(たて)(おか)()()は思った。長い付き合いになるが、後輩巡査がここまで頑強な拒絶を見せるのは珍しい。
「きさま。なんだその態度は」
 顔を真っ赤にして詰め寄ろうとする筒井の足もとを、「密です!」西野が鋭く指差す。
「やってないからやってないって言ってるんです。なんでもすぐに僕のせいにするのは、やめてください」
「おまえ以外に誰がいるっていうんだ!」
 筒井は自分のデスクを指差した。外出から戻るなり、そこにあったはずの(ふな)()の『あんこ玉』がないと騒ぎ出した。後で食べようと思って取っておいたのに、なくなっていたというのだ。
「知りません。いちいち同僚の挙動を監視しているわけじゃありません」
「楯岡! 早くこいつを取り調べろ!」
 筒井に指差され、西野は眉間に皺を寄せた。
「いつもは楯岡さんの取り調べなんかまじないだとか、まやかしだとか言ってるくせに」
「うるさい! 楯岡に嘘は通用しないぞ! さっさと吐け!」
「楯岡さんでもこの状況じゃ難しいと思いますけど。マスクで顔の半分を隠して微細表情がわからない上に、相手と二メートルの距離を保たないといけないんですから。いくらしぐさから嘘を見抜く取り調べのスペシャリストといっても、無理ですよ」
 警視庁捜査一課の刑事部屋。犯罪に休日はない。業務を止めることはできないが、感染リスク軽減のために全員がマスクを着け、ソーシャルディスタンスを保っている。
「そうなのか? 楯岡」
 絵麻は質問に答えず、じっと西野を見つめた。
 西野が(ひる)んだように身を引く。
「な、なんですか。僕はやってませんからね、本当に」
「楯岡。その目……やはり西野のやつはおれの『あんこ玉』を食ったのか」
「食べてませんってば」
「おまえに訊いてるんじゃない! おまえの大脳辺縁系に訊いてるんだ!」
 西野を怒鳴りつけ、筒井がこちらを向いた。
「楯岡。なんとか言え」
 絵麻は筒井を見上げ、任せてくださいという感じに頷いた。
 それから西野に向き合い、「さあ。取り調べを始めましょうか」口の中に残ったあんこを呑み込んだ。


佐藤青南(さとう・せいなん)
1975年、長崎県生まれ。『ある少女にまつわる殺人の告白』で第9回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、2011年に同作でデビュー。『サイレント・ヴォイス 行動心理捜査官・楯岡絵麻』がドラマ化され人気に。近著に『犯罪心理分析班・八木小春 ハロウィンの花』『ツインソウル 行動心理捜査官・楯岡絵麻』『白バイガール 爆走! 五輪大作戦』などがある。

【近著】 

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