〈6月24日〉 宮澤伊織

文字数 1,384文字

 この文章はあなたに希望を抱いてもらうために書かれている。
 少なくとも、そういう機能を期待されている。そもそもこのDay to Dayという連載自体が、読者を少しでも勇気づけ、心を明るくしてもらうことを願って立てられた企画である。
 もっとも効果的に人に希望を与えるのは金銭的な余裕だが、私のような小説家が提供できるのは、速やかにして充分な補償ではなく、ささやかな言葉だけだ。リアルな脅威と不安に苛まれているあなたに、小説家として何が言えるだろうか、何を言えばあなたに希望を与えられるのだろうかと、だいぶ考えた。
 ネットでエゴサーチをしていると、ときどき読者が、私が書くシリーズものの続きが出るまで死ねないとか、新刊が生きる希望だとまで言ってくれていて、正直びびることがある。そういう感想は、自分の本以外に対してもしばしば見られる。「またライブに行く日まで死ねない」「舞台が再開するまで死ねない」「映画が公開されるまで死ねない」……たくさんの人が、いろいろな娯楽作品を、生きる理由として語っている。インターネットの言葉は基本的に大げさだから、それはただ「楽しみにしている」の誇張表現として受け止めるべきだとは思いつつも、そこに隠しきれない切実さを感じるのは私だけではないだろう。
 非常時において、私たち娯楽産業従事者にできることはほとんどない。医療従事者やエッセンシャルワーカーに比べれば、私たちは圧倒的に「役に立たない」。しかし、私たちの作品が誰かの心を支える一助になっていることも、また事実だと感じている。朝目を覚ますのが嫌になるような出来事が続く日々を、多くの人がぎりぎりのラインで耐え忍んでいる。折れそうな心を、小説やマンガやアニメや映画やゲームや音楽や旅行や、その他諸々の娯楽への期待で、なんとかつなぎ止めている人が大勢いる。それらの期待一つ一つは、生きる理由としては小さいかもしれない。しかしその小さな理由をいくつもかき集めて、ようやく人は生きていけるのだと思う。
 だから、娯楽産業従事者が非常時に可能な、唯一にして最大の貢献は、「持ち場を守る」ことだろう。暗闇の中に小さな火を灯し続け、今までもこれからもここにいるぞと示し続けることが、あなたに対して私ができるただ一つのことだ。私だけではない。あなたが振り返って、Day to Dayの目次を見直せば、そこに並んでいるのがそうして掲げられた灯火の列であることに気付くだろう。顔を上げれば、無数の小さな火が星空のように広がっている様子が目に浮かぶだろう。誰かに希望を抱いてもらうのは簡単なことではないが、誰かの道行きをわずかなりとも照らすことを祈って、篝火に薪をくべ続ける者たちが数多くいる。あなたの暗闇を、この火が少しでも明るくすることを願う。


宮澤伊織(みやざわ・いおり)
秋田県生まれ。2011年、『僕の魔剣が、うるさい件について』(角川スニーカー文庫)でデビュー。2015年、「神々の歩法」で第6回創元SF短編賞を受賞。冒険企画局に所属し、「(うお)(けり)」名義で『インセイン』(新紀元社)などTRPGのリプレイや世界設定も手がける。他代表作に「裏世界ピクニック」シリーズなど。

【近著】

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