〈6月8日〉 宇山佳佑

文字数 1,317文字

ステイホームが終わったら


 コロナ禍で結婚するカップルが増えたらしい。恥ずかしながらその流れに乗ることにした。言葉はもう決めてある。
「今日までどんな自粛にも耐えてきたけど、君を自粛することだけはできそうにないよ。宣言させてくれ。これは僕の緊急事態なんだ」    
 まさに名台詞だ。時世を踏まえつつ、ウィットに富んでいる。
 この言葉で、僕は君を幸せにするよ。

 僕らが出逢ったのは駅前のカフェ。最初は店員と客。でも会えば会話が止まらない。君は口数こそ少ないけれど、いつも楽しそうに笑ってくれていたね。そんな僕らが恋人同士になったのは、君のある言葉がきっかけだった。

「わたしパグのこと大好きなんですよね〜」

 不意の愛の告白。
 店長さんとの会話を盗み聞きして驚いたよ。
 小中高校と『パグ』って呼ばれていたことを店長さんには話していたけど、まさか君が親しみを込めて僕を『パグ』と呼んでいたなんて。      
 正直、恋人同士になれるか不安だった。根気よく探した君のTwitterには『1年くらいウザい客に絡まれててマジで辛い!』ってあったから、恋愛恐怖症なのかもって思っていたんだ。
 てか、ストーカーに悩んでいるなら相談してよ。僕らも出逢ってちょうど1年なんだから。僕ってそんなに頼りないかなぁ? 
 でも君は「大好き」って言ってくれた。だから僕も「好き」って伝えた。隣の席の若造のくしゃみと被っちゃったけど、ちゃんと届いていたよね? 僕を見て、ニコッと笑ってくれていたから……。
 その矢先のステイホーム。僕らは時代に引き裂かれた。でも気持ちは変わらなかったね。君もそうだろ。昨日のTwitterに『やっぱパグ大好き』って書いてあったもん。僕の名前を書いたらストーカーにバレちゃうからね。所謂匂わせってやつなんだろ?
 指輪も買ったよ。国がくれた10万円で。
 さて、明日はカフェの営業再開。君に会ったらまず指輪を──
「ちょっとまーくん! あんたバイトの面接行きなさいよ!」
「うるせぇババア! 行くわけねぇだろ! 濃厚接触したらどうすんだ!」
 ああ、そうさ。僕が濃厚接触したいのは、世界で一人、君だけなんだ──あれ? Twitterが更新されたぞ。

『結婚しま〜す! コロナ婚で〜す!』

 こ、このツーショット写真の男……くしゃみの若造じゃねぇか!! あの笑顔は僕じゃなくて隣のこいつに送ったものなん!? パグが好きってマジもんのパグのことなん? んんんんざけんな! 気を持たせる真似しやがって! 指輪買っちまっただろうが! どうすんのさコレ!! 
 あ、今日は6月8日か……。お母さんの誕生日だ。
 やれやれだ。親子のソーシャル・ディスタンス、たまには縮めてやりますかね。


宇山 佳佑(うやま・けいすけ)
神奈川県出身。脚本家・小説家。著書には『ガールズ・ステップ』『桜のような僕の恋人』『君にささやかな奇蹟を』などが、脚本作品には『今夜、ロマンス劇場で』『信長協奏曲』などがある。

【近著】

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