就活という「茶番」をデスゲームに昇華/『就活闘争 20XX』

文字数 1,388文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は三宅香帆さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

三宅香帆さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

佐川恭一著『就活闘争 20XX』

です!

 就活。それはものすごく重要な人生の岐路であるにもかかわらず、大人になってもこだわり続けていると若干ダサい気がしてしまうイベントのひとつである。なぜだろう、たとえば結婚式の思い出や高校の文化祭の思い出を大人が語っていてもそんなにダサくないのに、就活の思い出にいつまでもしがみついていると若干ダサく感じてしまう。それはなぜか。それはこの国の就活を、みんなどこか「こんなの茶番だ」と感じてしまっているからである。とても重要な人生のイベントにもかかわらず、だ。しかし──佐川恭一は違う。彼という作家だけが、就活をこれでもかと深刻に受け止め、そして小説に昇華させている。本作は佐川恭一による「就活」がデスゲームとなった時代を舞台にした物語である。


 舞台は20XX年の日本。主人公の太田亮介は、少子化していた時代からは考えられないほどの「ウルトラベビーブーム」が巻き起こった世代に生まれた。彼は大学三回生にもかかわらず、なんだか周りの就活モードに乗り切れずにいた。なぜなら彼は、本心では、働きたくないからだ。といっても太田の両親は、一流企業Z社に入れるためにお前を京大まで行かせたのだと語っており、そんな両親を裏切ることができなかった太田は、ひとまずZ社を目指すことにする。しかし実際にZ社を目指し始めた彼を待っていたのは、山籠もり、銃撃戦、そして命を奪い合う一流企業の就活デスゲームだった。


 本書の魅力は、「グループディスカッション」や「OB訪問」といった就職活動に私たちがうっすらと感じている「茶番」性について、思い切りSF設定にすることによってむしろ真っ向から考えることに成功している点だろう。たとえば日本の学生が大学や高校の受験勉強を頑張ったり、あるいは親がその受験に必要な塾費用を払ったりするのも、もとをただせば少しでも良い大学に入って就活で成功するためだと言えなくもないのだが──なぜか日本の就活は受験に比べどこか不思議で捉えどころのないゲームに思われているようである。なぜ就活は茶番に見えてしまうのか? なぜ就活は今の形が最適解だとされているのか? そして、私たちには本当に就活が必要なのか? そんな問いを本作は魅力たっぷりに描き出す。就活というテーマを、こんなにも笑える題材に昇華させた作者の力量には舌を巻いてしまう。


 就活を懐かしく思う人も、苦々しく感じる人も、本書を読んで現代の就活に思いを馳せてみてほしい。就活とは何か、その答えが見えてくる……かもしれない。

この書評は「小説現代」2024年5,6月合併号に掲載されました。

三宅香帆みやけ・かほ

1994年生まれ。『人生を狂わす名著50』で鮮烈な書評家スタートを切る。著書に『副作用あります⁉ 人生おたすけ処方本』『女の子の謎を解く』など。近著に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない 自分の言葉でつくるオタク文章術』。編著に『私たちの金曜日』がある。

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