生きづらさにメスを入れる復讐ミステリ/『 カワイソウ、って言ってあげよっかw』

文字数 1,315文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は青戸しのさんがとっておきのミステリーをご紹介!

青戸しのさんが今回おススメするミステリーは――

夏原エヰジ著『カワイソウ、って言ってあげよっかw』

です!

「生きづらさ」を感じたことのない人間など存在しているのだろうか。〝それ〟は思春期の終わりと共に落ち着いていったものの、未だに、まるで社会のすべてから迫害されたような気分になる日がある。実際はなんてことない、現代人のほとんどが抱えているような悩みであっても。


 いわゆる「HSP」である仁実は、その繊細な性格のせいで損ばかりしてきた。大学時代からの親友四人を見て劣等感を感じ、また自分とは正反対で気遣いの出来ない彼氏や、アルバイト先の人間関係などに辟易していた。ある日K‐POPアイドルにハマった彼女は、すべてを捨てて渡韓しようとする。しかしその矢先、仁実は消息を絶った。


 一章ごとに五人の女性が自らの「生きづらさ」を語るが、その裏では他人への嫉妬、嘲笑といった黒々とした感情が渦巻いていた。


 小説には様々なジャンルが存在するが、私が最も愛するのはミステリだ。その大抵が劇的で、刺激的で、共感する余地がない。人を殺そうと思ったことはないし、殺されるほど恨まれるようなことをした覚えもない。簡潔に言えば、他人事として最も楽しめるジャンルだからだ。学生時代はミステリと同じくらい恋愛小説や純文学なども読んでいたが、大人になるにつれ手を伸ばすのが億劫になった。苦手なジャンルではない、むしろ好きだ。ただ、登場人物に一つでも自分と重なるところがあれば、まるで己のことのように感情を左右されてしまう。私も仁実と同じように繊細な性格の持ち主に分類されるのだろうか。


 正直な話、読書中は終始気が立っていた。感情が左右されるというより、上下に振られるような感覚で、心の平穏を保つ為になるべく人目につく場所で読み進めた。人は図星を指されると怒る。もしくは取り繕おうと平静を装う。私はそのどちらにも当てはまるらしい。あのざわついた感情はおそらく、著者に自分の悩みや、弱みを言い当てられた気がしたからだろう。


 私はもう大人だ。負の感情など、とうに飼い慣らせていると思っていたが、いざ言葉として向けられると〝それ〟は心の中で肥大してどうしようもなく息苦しかった。


 一章は「繊細さん」、二章は「バリキャリ」、続けて「専業主婦」に「インフルエンサー」、最後に「生きづらさを見つめる人」。全員が「生きづらさ」を抱え、社会に紛れている。誰もが持っている狂気。そしてそれは、十分な凶器になり得る。自己憐憫から始まる、現代ミステリ。社会を映す鏡のような一冊だ。

この書評は「小説現代」2024年5,6月合併号に掲載されました。

青戸しの(あおと・しの)

モデルや女優を中心に多方面で活躍中。MVに出演し、ヒロイン役を務めるなど活動の幅を広げている。

青戸しの インスタグラム/X(旧Twitter):@aotoshino_02

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