赤穂義士に、新たな主役誕生/『雪血風花』

文字数 1,279文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は柳亭小痴楽さんがとっておきの時代小説をご紹介!

柳亭小痴楽さんが今回おススメする時代小説は――

滝沢志郎『雪血風花』

です!

 私が赤穂義士を知ったのは十六歳。落語界に入門し、都内にある寄席での修業が始まり講談と出会い、神田松鯉先生の講釈で知った。そこから同期の講談師の赤穂義士伝を聴く機会が増え、今では赤穂浪士の大ファンにまでなってしまった! 講談では赤穂義士伝は討ち入りまでのメインストーリー「本伝」と、取り巻く周りの人々を描いた「外伝」、四十七士各個人を描いた「銘々伝」の三つに分けられている。中でも私の好きな赤穂浪士の講談は、笑いの多い「外伝」に多くある傾向があった。やっぱり落語家の気質なんでしょうか。

 さて、この『雪血風花』の主人公、武林唯七という人物。講談の先生方に伺ってみると義士伝の中にもちょくちょく出てくる人物で「銘々伝」もあるが、あまり高座で読まれる人物ではないらしい。それもそのはず、この武林唯七という人物は、まさに落語の中から飛び出したような粗忽者なのだ! さらに「粗忽の使者」という古典落語の元ネタとなっているとか、いないとか。

 祖父・孟二官は漢族の明国に仕え、明国が滅び日本に亡命した士大夫。父・渡辺平右衛門は孟二官の教えを受けた儒学者で、その次男として生まれた武林唯七は、父の功績により浅野内匠頭の中小姓に任じられ仕えていた。温和な優しい人柄から主と良好な関係を築いていたが、ある日主が起こした突然の刃傷事件。御公儀からは、理由も明らかにされず即日の切腹という片手落ちの沙汰が下る。みな幕府の一方的な沙汰に怒りを持つが、江戸組と、遠く離れた国許組とでは、藩の存続を第一に考える筆頭家老・大石内蔵助の思いもあり意見が合わない。唯七もまた、浪人となり、初めて自分で自分の生き方を考えなくてはいけなくなる。

 大陸の血が入っている唯七にとっては、家族を想う〝孝〟が最も尊いものだ。一方、日本では主を想う〝忠〟が尊ばれる。さまざまな試練を経て、唯七の中にある藩への想い、主への想い、そして家族への想い、屈辱、怒り、虚しさ、それらが交錯し導き出された〝義〟という答えから、これまでの赤穂浪士物や〝花は桜木、人は武士〟のような価値観とは違う、新たな結論を見出すことになる。

 全編、唯七のそそっかしさが心地よいアクセントとして軽みを出していて、私も噺家として、いつか、この男にフォーカスして、笑いに満ちた「赤穂義士伝~武林唯七」という人情噺の新作を、世に生み出したくなりました。


この書評は「小説現代」2024年7月号に掲載されました。

柳亭小痴楽(りゅうてい・こちらく)

落語家。1988年東京都生まれ。2005年入門。09年、二ツ目昇進を機に「三代目柳亭小痴楽」を襲名。19年9月下席より真打昇進。切れ味のある古典落語を中心に落語ブームを牽引する。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色