華やかな業界の裏側では……/『電通マンぼろぼろ日記』

文字数 1,348文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は高橋ユキさんがとっておきのエッセイ・ノンフィクションをご紹介!

高橋ユキさんが今回おススメするエッセイ・ノンフィクションは――

福永耕太郎著『電通マンぼろぼろ日記』

です!

 三五館シンシャによる『職業日記』は、さまざまな職業に従事した・している中高年がその業界の内幕を赤裸々に綴ることで人気のシリーズだ。私も新刊を毎回楽しみにしている一人である。内情に踏み込んでいることもあってか、著者も登場人物もほぼ仮名となっている。読みながら、どんな仕事にも辛いことはあるものだよなぁ、と共感したり、自分には縁のない業種の裏側を見せてくれることに興奮したりもする。シリーズ最新刊『電通マンぼろぼろ日記』も、あまりの面白さに最後まで一気に読んでしまった。


 広告代理店と縁がない仕事をしていても、電通の名は聞いたことがあるだろう。華やかな業種で、年収が高い……というギラギラしたイメージが浸透しているのではなかろうか。だが本書には、国内最大の広告代理店で、身を粉にして働きながらタイトル通り〝ぼろぼろ〟になってゆく作者の人生が綴られていた。華やかな世界の裏側を垣間見た気分である。


〈日本経済がバブルの絶頂にのぼり詰めようとする時代〉に電通に入社し、営業職に配属された著者。コネ入社だらけの内定者パーティー、売れっ子コピーライターや人気アナウンサーを招いての新人研修、青天井の交際費、会社の金でブラジル旅行……まさにおぼろげなイメージ通りの内情がコミカルに描かれる。だが一番驚くのは本書冒頭。いきなり何のためらいもなく謝罪土下座をきめる〝電通マン仕草〟のシーンだ。翌朝の新聞掲載予定の広告割り付け変更が、大手電機メーカー・田代部長の逆鱗に触れ「今すぐに、俺が飲んでいる店に来い!」と呼び出された。店を訪れると部長は「おいっ、おまえら、そこへ座れ!」と床を指さす。そこで上司と著者は〈革靴を脱ぎ、横に揃えて置くと、申し合わせたように同じタイミングで土下座〉したのだった。床に正座して1時間ほど話を聞くと田代部長は徐々に落ち着いてゆき「もう帰っていいぞ」と解放された。〈電通マンとして、これまで数えきれないくらい土下座してきた〉という作者によれば、先輩らの土下座を目の当たりにして〈誰しもが電通マンとしての土下座を会得する〉のだそうだ。その根底には〈クライアントは神さま〉という精神が宿っているからだという。


 作者は先輩方から鍛え上げられ電通マンとして成長していくものの、いっぽうで酒に溺れ、身を滅ぼしていく。バブル世代の企業戦士が家庭を顧みるいとまもなくストレスフルな職場で〝ぼろぼろ〟になってゆく姿は、日本における働き方の問題を目の当たりにするようだった。

この書評は「小説現代」2024年5,6月合併号に掲載されました。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)

1974年生まれ。女性の裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『暴走老人・犯罪劇場』『つけびの村』『逃げるが勝ち』。

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