過剰なる饒舌から意志ある沈黙へ/『死んだ山田と教室』

文字数 1,346文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は吉田大助さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

吉田大助さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

金子玲介『死んだ山田と教室』

です!

 夏休みの終わり、穂木高校二年E組の人気者・山田が交通事故で死んだ。二学期の始業日、悲しみに暮れる二年E組の教室のスピーカーから山田の声が聞こえてくる。死んだ山田が、声だけの存在となって蘇ったのだ。本人もクラスメイトたちも、その状況を怖がるどころか喜んで受け入れて──。

 第六五回メフィスト賞を受賞した『死んだ山田と教室』は、無機物転生という不条理設定を元にしたシットコム(シチュエーション・コメディ)として幕を開ける。他のクラスに山田の存在がバレないよう、山田に話しかける際は合い言葉を口にすることにしようよ。それ、何にする? 山田の誕生日であるクリスマスイブに、サプライズで誕生日会を開催することが決定。話すことと聞くことしかできない山田に何をプレゼントする? 矢継ぎ早に現れるお題や状況設定の中で、二年E組の面々が大喜利的に繰り広げる会話が楽しくてたまらない。山田の鋭いツッコミが、笑いを加速させることに寄与している。男子校、という舞台設定も効きに効いている。バカばっかりで喧しい一〇代の少年は、みんな意外と優しい。男ばかりの空間では、異性の目を気にして、同性をけなすことで自分をよく見せようと振る舞う必要がないのだ。

 一方で本作は、シットコムから零れ落ちるものも丁寧に拾い上げていく。誰もいなくなった夜の教室で、死んだ山田が深夜ラジオのパーソナリティになりきって一人喋りするパートは、孤独の香りが漂う。物語の後半は、その香りが濃度を増していく。クラスメイトたちはみな三年生に進級し、やがて卒業。けれど山田だけは二年E組の教室に居残り続け、山田と話しに来る相手がどんどん減っていき……。前半の饒舌と、後半の沈黙とのコントラストが絶妙だ。

 ゴースト・ストーリーの変種として捉えられる本作は、「なぜ幽霊になったのか?」「どうしたら幽霊は成仏できるのか?」に関するミステリーでもある。ラストシーンでは、それらの謎に対する解答が提示される。感動的だ。しかし、見た目通りの解決とは全く別の可能性があることに気付く。前半の会話劇でも幾度か記述されていることだが、噓をつくとは、真実とは異なることを言う、だけではない。本当のことを言わないこと、沈黙することでも、噓をつくことができる。もしかしたら山田は、そのやり方で、噓をついたのではないか。親友を青春の呪縛から解き放つために。

 過剰なる饒舌から意志ある沈黙へ。山田の沈黙を、一生忘れることはないだろう。

この書評は「小説現代」2024年7月号に掲載されました。

吉田大助(よしだ・だいすけ)

1977年生まれ。「ダ・ヴィンチ」「STORY BOX」「小説 野性時代」「週刊文春WOMAN」など、雑誌メディアを中心に書評や作家インタビューを行う。X(旧Twitter)@readabookreviewで書評情報を発信。

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