今後の時代小説界のど真ん中を行く才能

文字数 1,319文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は田口幹人さんがとっておきの時代小説をご紹介!

田口幹人さんが今回おススメする時代小説は――

高瀬乃一春のとなり

です!

 2022年11月に発売されたデビュー作『貸本屋おせん』(文藝春秋)と出合い一目惚れし、2024年3月に発売された第2作『無間の鐘』(講談社)で惚れなおし、読み終えた時からすでに新作の発売を心待ちにしていた。少し待つことになるのだろうと覚悟していたのだが、こんなにも早く高瀬乃一の新刊が読めるなんて。


 物語は信州の架空の地である米坂藩の場面から始まる。長浜文二郎は、米坂藩城下の武家町に居を構える医者だが、すでに家督を息子に譲り隠居の身となっていた。息子が急遽出府したことによる息子の嫁との二人暮らしを窮屈に感じていた文二郎は、かつて奉公してくれていた女中のおかつの往診を口実に、足しげく城下から2里も離れた山間の集落まで通っていた。


 おかつの好きな花を探しに行った孫が行方不明となり、捜索のために村の者たちとともに山へ入った文二郎は、湯に落ちても溶けない不思議な結晶を発見するのだった。


 時が過ぎ、舞台は訳あり親子の文二郎と奈緒が営む、江戸の深川堀川町の小路にある「丸散丹膏生薬」の看板を掲げた小さな薬の売弘所に移る。文二郎は、高齢もあり、目が不自由で一人で出歩くこともままならないが、奈緒が目の役割を果たし暮らしていた。薬屋ではあるが、医者の心得がある文二郎の元には、病や傷を抱えた町人たちが集まる。


 どうしようもなくなり薬屋に駆け込んでくる人々との日々の中で、親子を装う文二郎と奈緒が、実は舅と嫁という関係であり、心に仇討ちを秘めて米坂藩から出奔してきたことが徐々に浮かびあがってくる。文二郎の奈緒に対する遠慮が薄れ、奈緒の文二郎に対する隠し事が明らかになるあたりから、二人のもつれた糸がほどかれていくのだが、その裏で仇討ちに関係する陰謀も明白となっていくという、読む者を釘付けにするストーリー展開がなんとも秀逸である。


 著者は、テーマや題材は違えど、あなたという命が生きている今、そしてそれが続く間、様々な選択があり、たとえ間違っていたとしてもやり直せることを、これまで描いてきた。


『無間の鐘』では、十三童子に「天の下にあるすべての事柄は、おのずと道が定められ変えることはできないのです」と語らせている。本書でも、「どうしたって人の命には限りがある。薬でほんの少しだけ生き長らえたとしても、やがて別れは訪れる」という文があった。著者の、物語を読ませる構成力や表現力・描写力への評価はその通りなのだが、作品を貫く縦糸としてある、「限りある命」との向き合い方が僕は好きなのだ。

この書評は「小説現代」2024年8,9月合併号に掲載されました。

田口幹人(たぐち・みきと)

1973年生まれ。書店人。楽天ブックスネットワークに勤務。著書に『まちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕す』『もういちど、本屋へようこそ』がある。

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