疲れた心を癒す本邦初⁉のチャボ小説

文字数 1,353文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は三宅香帆さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

三宅香帆さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

彩瀬まる著なんどでも生まれる

です!

 チャボ、をご存じだろうか。ペットとしてうまれた小さなニワトリのことである。本書の語り手は、チャボの「桜」。きっとあなたが本書を読み終えるころには、「アタシ」と語るチャボの桜さんが、かわいく見えてしょうがなくなることだろう。


 そんなチャボの桜さんを飼っているのは、人間の「茂さん」。彼は、あるトラブルから小屋を逃げ出した、ひよこ時代の桜さんを助けてくれた。しかしこの茂さん、彼も彼で実は会社の仕事や人間関係で大きな苦労をかかえ、職場を逃げ出した過去があった。いま茂さんは体調を崩してしまい、東京下町の商店街にある「川平金物店」の二階に居候している。祖父母が経営するその店で、茂さんは回復中なのだった。そんな茂さんは、桜さんとの交流、さらに茂さんを心配した桜さんのある策略によって、少しずつ、病んだ心を癒していく。


 このストレスたっぷりの現代において、チャボの桜さんがいてくれたらどんなに嬉しいだろう……! と思わずにはいられない。職場で心を病んだ茂さんが、商店街の人々との交流や、ペットのチャボに愛されることによって、少しずつ回復する。その様子がなんともあたたかく、夢中になって読んでしまう。


 本書はもともと、同じ出版社から刊行された『明日町こんぺいとう商店街 心においしい七つの物語』というアンソロジーから生まれた作品である。さまざまな作家が「明日町こんぺいとう商店街」という商店街を舞台に短編小説を書くという企画だったのだが、そこで生まれたのが、桜さんと茂さんというキャラクター。そして今回、晴れて彼ら彼女らがいきいきと一冊分動くことになったのである。こんな優しい商店街、どこにあるんだ、自分も行きたい、と思ってしまう人はきっと私だけではないはずだ。


 人間は傷ついたり病んだりしても、決して回復不能なんかじゃない。人間は何度だって回復することができる。しかし回復の際には、やはり誰か他者がいてくれたほうがいい。そのとき、他者というのは、たとえば恋人や親友といった間柄の人間だけでなく、ペットのチャボである場合も存在するのだ──そんなことを説いた小説でもある。恋愛や友情とは違った、あたたかく可愛い関係が、ペットと飼い主の間には存在しているのかもしれない。だとすれば、本作を読んで回復する人も多く存在するのではないだろうか。あなたも本書で桜さんに出会えば、疲れた心を癒すことができる、かもしれない。

三宅香帆みやけ・かほ

1994年生まれ。『人生を狂わす名著50』で鮮烈な書評家スタートを切る。著書に『副作用あります⁉ 人生おたすけ処方本』『女の子の謎を解く』など。近著に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない 自分の言葉でつくるオタク文章術』。編著に『私たちの金曜日』がある。

この書評は「小説現代」2024年8,9月合併号に掲載されました。

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