未知なる感染症との壮絶な戦記

文字数 1,397文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は高橋ユキさんがとっておきのエッセイ・ノンフィクションをご紹介!

高橋ユキさんが今回おススメするエッセイ・ノンフィクションは――

小林照幸著『死の貝 日本住血吸虫症との闘い

です!

 どういう経緯でそれを知ったのかも、いつ読んだのかも記憶がおぼろげなのだが、確か〝ウィキペディアにやたらと読ませる記事がある〟としてSNSでバズっていたのだと思う。同サイト内にあるそのページを開くと、日本住血吸虫症という感染症の克服・撲滅に至る歴史が記されていた。何より驚いたのは、パソコン画面をいくらスクロールしてもページが終わらないことだった。ひとつの小説ぐらいの分量があるのだ。


 キリがないのでショートカットでページ下にワープして、参考文献エリアを眺めると、主要な参考文献のひとつとして1998年に文藝春秋から刊行された『死の貝』という書籍が挙げられていた。私は参考文献を読むのが好きなのである。ところがこれは絶版になっており、長らく原典に当たることが困難な状態だった……のだが、今年、変化があった。〝ウィキペディアで有名な読み物の参考文献〟である本書が、文庫になり新潮社から刊行されたのだ。嬉しいサプライズだった。日本住血吸虫はいくつかの生き物を宿主としながら成長するが、出版社を移し文庫となって蘇った本書にも少しだけ共通点を見出してしまう。


 目次のさらに次のページに、いきなり目を奪われた。「日本住血吸虫症による発育障害」と記された写真には、18歳の健康者、18歳の患者、25歳の患者が並んでいる。25歳の患者が一番背が低い。むしろ子供のようにも見える。発育が止まるのだろうか? 「日本住血吸虫症の患者」の写真では、患者の腹は臨月の妊婦のように膨らんでいる。なぜこうなってしまうのか? 写真から沸き起こったそんな疑問は本編を読むことで全て解消されるのでぜひお読みいただきたい。


 この感染症は日本各地で長く人々を苦しめてきた。特に感染者の多かった山梨県の甲府盆地では「水腫脹満」とよばれ、古来より農民を中心として蝕まれてきた原因不明の病だったという。腹に水が溜まり太鼓腹となったのち〈全身の皮膚が黄色くなり、痩せ細り、介助なしで動けなくなったら、確実に死ぬ〉のだそうだ。水腫脹満を記録した最古の文献は1582年のもの。何人もの研究者が長い年月をかけ、感染症のメカニズムを明らかにしてゆく。中間宿主であるミヤイリガイの発見が1913年、山梨県における「終息宣言」が1996年である。著者はこの年、本感染症についての論文や資料を読み始めたと「あとがき」に記している。


〈「こんな病気があったとは……」というのが最初の感想であった〉とあるが、全く同感だ。すでに日本から消えた感染症をめぐる歴史から、多くの先人たちの苦しみ、立ち向かい続ける粘り強さが見えた。

高橋ユキたかはし・ゆき

1974年生まれ。女性の裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『暴走老人・犯罪劇場』『つけびの村』『逃げるが勝ち』。

この書評は「小説現代」2024年8,9月合併号に掲載されました。

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