京都が舞台の炎上ミステリー

文字数 1,301文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は青戸しのさんがとっておきのミステリーをご紹介!

青戸しのさんが今回おススメするミステリーは――

桃野雑派著蠟燭は燃えているか

です!

【炎上】 《古くは「えんしょう」》火が燃え上がること。特に、大きな建造物が火事で焼けること。


 転じてインターネット上で特定の対象に非難や中傷が殺到すること。どちらの炎も容易く人の命を奪い、後の生活を狂わせる。


 宇宙ホテルでの連続殺人事件から無事に帰還した京都在住の女子高生・真田周は、大気圏突入時、行方不明の友人へ向けて音楽配信をしたことで「人が死んだのに不謹慎だ」と、SNSで炎上してしまう。ネット上では周を擁護する人と非難する人との対立が起き、迷惑系動画配信者が校門前に現れるなど、日常生活すら困難になっていく。ある日、炎上の発端となったアーカイブ動画に不穏なコメントが書き込まれた。


「まずは金閣寺を燃やす」


 予告通り黄金色に輝きながら燃え落ちる金閣寺。現場には、行方不明の友人、瞳子の姿があった──。


 前作『星くずの殺人』で登場した真田周を主人公にした本作。表紙の少女を見た瞬間、宇宙ステーションでの連続殺人事件を思い出し身震いした。ふっと息を吐いて心の中で唱える。大丈夫。今回の舞台は京都、つまり地上だ。大勢の大人や警察官もいる。周はまだ高校生で、子供だ。この先どんな事件が起きようと善良な大人たちが守ってくれる。大丈夫、きっと大丈夫。


 いざ、とページを捲り、第一章で絶望した。迷惑系動画配信者が登場したあたりで一度本を閉じる。腹の底でぐつぐつと湧き上がってくる感情とは裏腹に、頭の中は妙に冷めていた。そうだった、世界には他人の庭に火矢を射るようなどうしようもない人間も存在するのだった。


 世の中が善良な人で満たされていたなら、私は夜道をスキップして帰るし、朝はYouTubeではなくニュース番組を観るだろう。


 正義を盾に女子高校生に暴言を吐く一市民。弱った人間に付け込もうとするカルト宗教。無重力下での殺人に続き、京都の文化財が次々と燃えていく空想的な世界観に対して、そこに生きる人々は嫌というほどリアルだった。


〝そもそも加害者も被害者も、わずかな差でしかないのかもしれない〟


 行動一つで周は被害者になることも出来たのだろう。黙って時が過ぎるのを待つこともできた。それでも彼女は火矢を守り抜いたのだ。他人に向けて射ることも、折ることもせずに心の中で燃やし続けた。


 京都を震撼させた事件の裏では一体どんな業火が渦巻いているのか。

 探偵は謎を解き、名探偵は謎の先に光を灯す。真田周は間違いなく後者だった。

この書評は「小説現代」2024年8,9月合併号に掲載されました。

青戸しの(あおと・しの)

モデルや女優を中心に多方面で活躍中。MVに出演し、ヒロイン役を務めるなど活動の幅を広げている。

青戸しの インスタグラム/X(旧Twitter):@aotoshino_02

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