解説のない語りに込められたメッセージ/『東北モノローグ』

文字数 1,358文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は内藤麻里子さんがとっておきのエッセイ・ノンフィクションをご紹介!

内藤麻里子さんが今回おススメするエッセイ・ノンフィクションは――

いとうせいこう著『東北モノローグ』

です!

 取材をしていると、ジレンマに陥ることがある。記事にできるのは、うかがった話の一部分だけだからだ。原稿には決められた分量があって、泣く泣く削らざるを得ない。

 本書には東日本大震災の宮城、福島、岩手、山形の被災者らから聞き取った話が載っている。話し手のモノローグ(独白)形式になっており、著者は言葉を差し挟まず傾聴の姿勢に徹している。一組の話に二十ページ前後と、かなりのページ数を割く。これだけの分量があると、語りの迫力に圧倒される。独白だから、文字にして読むと厳密に言えばわかりにくい箇所もあるが、話し言葉のせいか何となく受け入れてしまう。

 福島の被災者の話を聞いた『福島モノローグ』(二〇二一年)のシリーズ第二弾である。著者は一三年、小説『想像ラジオ』を刊行し、話題になった。被災地から発信する想像のラジオ番組を通して死者の声に耳を傾けるという内容で、まさに『福島モノローグ』は、ラジオを聞いているような当事者のリアリティーにあふれていた。

 今回登場するのは福島だけでなく、地域を広げ、立場もいろいろな十五組十七人。NHK仙台放送局のアナウンサーは三月十一日の夜、ラジオで「この冷たくて暗い夜を乗り切りましょう」と呼びかけるに至った体験を語り、また、いくら記事を書いても問題は解決しないと、直接復興に関わる仕事に転身した新聞記者もいる。

 学級崩壊や在宅被災者の問題など、ジャーナリスティックな観点も目につく。当時小学校五年だった女性は、震災後の教室は雰囲気が変わり、「先生二人がかりで学級見ることになって」と証言する。こんなことが起きていたとは。子どもたちへの影響のすさまじさの一端を垣間見せてくれる。在宅被災者とは、壊れていても自宅で生活せざるをえなかった被災者で、彼らは支援の網から漏れている。七十八歳の男性は言う。「被害から十一年以上にもなって、まだ『在宅被災者』ってものが残っていることが伝わってないのよ」(取材は二二年)。

 沿岸部で唯一、人的被害がなかった自治体である岩手県洋野町の話も貴重だ。防災アドバイザーが、見事な震災前の取り組みを明かし、新しい防災センターの理念を教えてくれる。まだまだ知らないことばかりだ。

 語りの迫力がある一方で残念なのは、解説がない点だ。学級崩壊の問題などは、うっかりすると読み飛ばしてしまいそうなほど一瞬しか触れられない。例えば学校側の話も知りたいところだが、そうか、気になった点は各自で調べろということか。このモノローグのどこかに気になる箇所は必ずある。是非読んで改めて関心を持ってほしい。

この書評は「小説現代」2024年7月号に掲載されました。

内藤麻里子(ないとう・まりこ)

1959年生まれ。毎日新聞の名物記者として長年活躍。書評を始めとして様々な記事を手がける。定年退職後フリーランス書評家に。

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