折り重なる謎の解明に思わず叫ぶ!/『はぐれ烏』

文字数 1,285文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は田口幹人さんがとっておきの時代小説をご紹介!

田口幹人さんが今回おススメする時代小説は――

赤神諒著『はぐれ鴉』

です!

 かつてある人から、大分県竹田市に移住を計画して本屋を開店したいという相談を受けたことがある。その際その人は、ユネスコエコパークに登録されている祖母・傾・大崩山系という世界レベルの自然に触れることができることや、コンパクトではあるが歴史を感じさせる町並み、そして岡城跡の石垣の美しさとその歴史を熱く語ってくれたのだが、本作を読んでその言葉の数々を思い出した。


『はぐれ鴉』(赤神諒/集英社)は、江戸時代の岡藩(本書では竹田藩)の史実をモチーフにした、歴史時代ミステリー小説である。


 寛文六年(一六六六年)、竹田藩城代だった山田嗣之助の一族郎党二十四人が、嗣之助の義弟の玉田巧佐衛門によって惨殺される場面から物語が始まる。その惨劇の中、唯一逃げ延びた少年がいた。嗣之助の次男・次郎丸である。次郎丸は、山川才次郎と名を変え、叔父への復讐を成し遂げるためだけに剣術を磨いてきた。そしてついに、竹田藩の剣術指南役として招聘され、復讐を果たすために才次郎は十四年ぶりに竹田の地に戻ってきた。


 剣術指南役として名を上げ、仇・巧佐衛門を討ち、山田家再興を果たすという才次郎の計画は、竹田藩独特の事情で遅々として進まない。十四年前の惨劇の真相を探るものの、物ノ怪や意味不明の歌など不可思議な出来事を目の当たりにするだけで、真実に迫ることができずにいた。


 その謎の手がかりに触れてから、一気に物語が動き出す。山田家滅亡の謎の向こう側に広がっていた仕掛けには驚いた。注目していただきたいのは、冒頭に記した竹田市の町並みや歴史こそが本書の謎を解く鍵となっている点である。その他の登場人物の情報やテーマなどについては、興を削ぐ恐れがあるので記さないでおこうと思う。


 最後に、タイトルにもなっている「はぐれ鴉」について触れておきたい。はぐれ鴉は巧佐衛門の呼び名である。作中、こんな内容の記述がある。


 群れの中の鳥は、皆と同じ場所にいるがゆえに似たような知恵しか浮かばない。己の評判や朋輩の体面を気にして手心を加え、過ちを何もなかったことにしさえする。世の中には、群れからはぐれた鳥にしか見えない大事がある、と。


 才次郎も巧佐衛門の生き様を目の当たりにし心が揺らいでいく。果たして才次郎は本懐を遂げることができたのだろうか。


 幾重にも折り重なる謎が、一つずつ解き明かされ、最後に用意されていた出来事に、面白さのあまり叫んでしまったことをここに告白する。

この書評は「小説現代」2022年10月号に掲載されました。

田口幹人(たぐち・みきと)

1973年生まれ。書店人。楽天ブックスネットワークに勤務。著書に『まちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕す』『もういちど、本屋へようこそ』がある。

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