第86回/80歳完済ローンでマンション購入、さていかに。

文字数 2,535文字

 稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。

ダイエットをするにはまず体重計に乗ったり、鏡を見て「鏡に収まりきっていない」という「現状」を把握しなければいけない。


それと同じように家計の改善も、まずは現在の惨状を把握し、時にはそれを他人につまびらかにし、協力を仰がなければいけない。

ここで隠したり、半端な嘘をつくと、何も変わらないばかりか、協力者も呆れて去ってしまう恐れがある。


だが、どんなに気を付けても、病気になる時はなる。そんな患者を責めるような家族は鬼畜(おにちく)だし、医者は今すぐ医師免許を返納して道徳から学び直した方が良い。

家計とて、本人の怠けではなく、不意の不運で破綻する例が増えているし、そうなったとき立て直しが難しいというのが現状だ、つまり社会に多大な責任がある。


しかし、酒をたくさん飲まなければアルコール依存症には絶対ならないのと同じで、5億%本人の過失による家計破綻もある。

そういう5億側の自覚がある人間はなかなかそれを言い出せないものだ。


また、昨今の家計の問題というのは「無知」により起こっている場合も多い。

収入は同じでも情強はその知識で資産を形成しているのに対し、情弱は得を逃し、無駄な金を払い「なんでいつも気づいたら金がないんだろう」という、バカしか言わないことを毎月25日あたりに時報のようにぼやき続けているのだ。


よって、これを見せることにより、だらしなさを責められたり、勉強不足を笑われる気がしてなかなか見せられないのである。


しかし、私は性根が腐っているので、他人が責められたり笑われたりするのを見るのは好きである。


私は警察24時的な番組は、警察に詰められている薬物中毒者や泥棒側に感情移入してしまうので見られないのだが、それよりも確実に自分に近い存在であろう金にだらしない奴が身内やプロに怒られている様は、何故か怒る側に立って見れてしまうので「弱者に厳しいのは強者ではなく同レベルの弱者」というのは真理な気がする。


弱い者がさらに弱い者を叩く音でブルースが加速してきたが、簡単に言うと私は他人の家計相談を見たり読んだりするのが好きであり、特に相談者がプロに「このままだと一家離散、嫁は不倫で娘はパパ活だ」と指摘されて消沈するタイプのものが好きである。


どう見ても明日は我が身、むしろすでに我が身なのに、何故これが笑えるのか自分でも不思議だが、「老になる前に揚げ物はたらふく食っておけ」と同じで「笑えなくなる前に笑える奴は笑っておけ」という刹那的精神なのかもしれない。

しかし、不景気なせいかイイ感じに笑える話は年々減ってきている。

さすがの私も、老が投資詐欺にあって老後資金を根こそぎ奪われ、子どもたちからも見放された、みたいな話は笑えない。


誰が悪いわけではなく、己の無知や油断スケベ心など、自分の不徳の致すところでダメになっている話が見たいのだ。

FXで有り金全部溶かした人のコピペが未だに色あせないのは、その条件を全て満たしているからである。


私が使っている家計簿ソフトのページにも、家計相談コラムが掲載されているのだが、相談自体が「FIREを考えているが資産がどのくらいあれば安心でしょうか」など、そもそも相談のステージが違う物が多い。


しかし最近久々に「40代独身母と同居、完済が80歳でマンションを購入したが、老後資金が心配」という、ワクがオラオラするタイトルの相談を見つけた。


持ち家か賃貸か、という論争は今も尽きないが、現在の世相を鑑みると、正直賃貸派の意見の方が説得力があり「貧乏になりたければ持ち家を持て」という嫌味丸出しなサムネを見かけることはあっても、その逆はない。


まず日本は人口が減少しているので、ごく一部の都心を除き、不動産の価格は買った瞬間から大幅に下落するため「いざとなったら売ればいい」というわけにもいかない。

さらに今のご時世、何事もなく数十年ローンを支払い続けると想定すること自体がスイートすぎるという。

まして、定年まで働けるかもわからないのに、定年後も支払い続けるようなローンを組むのは自殺行為である。

よって、我々他人の不幸ソムリエの間では「完済が70過ぎのローン」というのは「戦争から帰ったらプロポーズ」に並ぶ死亡フラグとして評価が高い。

70でも厳しい中で80歳完済というのはなかなかお目にかかれない逸品である、ソムリエたちも口内の唾を抑えきれない。


さらに相談されたフィナンシャルプランナーはこの難題にどう答えるのか。「80歳までに死ぬ」以外の答えがあるのか固唾を飲んで見守った。


しかしFPからは80歳完済ローンに対する苦言など一言も出ず、相談者の現在の収入と貯蓄、支出から具体的な計算をはじめ、あくまで定年まで働けたと想定してだが「ローンを払いながらの老後の生活に大きな問題はない」という結論に達してしまっていた。


家計というのは様々な要素で成り立っているので「80歳で完済のローン」など、一つの数字で良し悪しを判断することなどできないということだ。

年収1000万と200万という数字だけで比較すれば、200万の人の方がヤバいように見えるが「支出」という一つのデータを加えるだけで、200万円の人の支出が150万で毎年50万の貯金が出来ているのに対し、年収1000万円の人は支出が1200万円で毎年借金が増えているなど、立場が逆転したりするのだ。


つまり「老後資産2000万」などという、突然現れたたった一つのクソデカ数字に、狼狽するのも無意味ということだ。


それがわかったのは良いが、今後「70歳以上完済ローン」という文言を見ても、素直に喜べなくなったのはマイナスである。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

X(旧Twitter)はこちら:@rosia29

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