第52回/歯医者での挙手は、叶わぬ命乞いである。

文字数 2,502文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。

一番の財産は健康である。

ならば大切な財を預ける病院や医者は厳選すべきではないか、とはいうものの所詮素人なので、何が良い医者なのか判別できず「ただの風邪にしては尻から腸が出ている」など、素人目でもわかる「惨事」になってからやっと誤診が判明するケースだってある。


腸が出る前に素人でもできる医者の判別方法はないのかと、とりあえず「歯医者 選び方」で検索したところ「日本歯科医療評価機構」というNPOがトップにでてきた。

歯医者の口コミランキングサイトのようだが、自ら「評価をアンケート調査し、その結果を公開しても構わない」と言っている歯医者しか登録されていないようだ。

よって登録数は多くないのだが、このサイトに入っている時点で何らかの「自信ニキ&ネキ歯医者」と思って良いだろう。


しかし残念なことに我が村の歯医者は登録数「3」なので、あまりにも選択の余地がないうえに全て遠方だ。

登録数が少なすぎて口コミサイトが役に立たない、というのは田舎ではよくあることである。


そもそも、田舎だとすぐ「星1をつけやがったのはどこのどいつだ」という山狩りが行われ、「この『HN 七曲りのダンディ』は三丁目の中山だ」など、いともたやすい特定からの村80パーセールが開催されかねないため、「匿名口コミサイト」という形態自体が向いていないのかもしれない。


だが、そんな陰湿な田舎に住むガタガタ前歯のために、一般的な歯医者の見分け方も記載されている。


まず良い歯医者は「一日の患者数が適切」だそうだ。

歯医者も一日に多くの患者を診たほうが儲かる。しかしその分1人の患者にかける時間が短くなってしまい、治療が雑になったり、説明が不十分になりがちということである。


しかし一患者が歯医者に「今日何人入ってる?」などと、たまに来るオーナーみたいなことを聞くわけにはいかない。

よって、自分の治療にどれだけ時間をかけているかを見れば良い。大体30分以上が適性で、丁寧な歯医者になると1時間ぐらいかけることもあるそうだ。

ただし「患者がいなさすぎて時間が余っている」という可能性もある。

1時間のうち50分は「俺は何度でも広末に裏切られたい」という話をしていた場合は適切と言えないので、あくまで治療にかかった時間を見よう。


その次に重要なのが「麻酔」だそうだ。

良い歯医者というのは、患者に極力痛い思いをさせないものだという。

腹を痛めて産まないと子供への愛情がわかない、という暴論があるように、痛い思いをして治療した方が歯を大切にするか、というとそんなことはないのだ。

むしろ治療の痛みがトラウマとなり、歯医者に行くのを余計恐れるようになるため、却って歯に悪いのである。

「痛くないと覚えませぬ」という名言もあるが、これは封建社会全盛の江戸時代の中で、特に狂った虎眼流で爆誕した言葉なので、令和に通じるものではない。

現代では、治療において「痛い」というのはマイナスでしかないのである。


はっきり言って麻酔自体がかなり痛いのだが、最近、麻酔針を刺す前に表面麻酔を塗ってしばらく待った後、麻酔注射を打つところが多いだろうし、もちろん麻酔注射が効いてくるまで待つ


つまり、麻酔だけでもかなり時間がかかるのだが、麻酔に十分な時間をかけるのが良い歯医者であり、患者を詰めすぎな歯医者はこの時間を十分にとらず、患者に痛い思いをさせてしまいがちだという。


そういう意味では「痛い時には手を挙げてください」というのは、良い歯医者かどうかを見分けるチャンスとも言える。

よく手を挙げたが、「もう少し我慢してくださいね」という激励をいただいただけだった、という話を聞くが、患者はすでに限界まで我慢しており、ついに我慢できなくなって手を挙げている場合だってある。


つまり「助命嘆願」の挙手である。それに対し「もう少し我慢しろ」というのは、医者以前に人としてどうなのか。

良い歯医者なら「もう少しだっつの」とは思わず、ちゃんと手を止めて「追い麻酔」からの待機時間を設けて再開するはずである。


また、担当歯科医や担当衛生士がいつも同じなのもよい歯医者だそうだ。

効率重視の歯医者は担当制にしない場合も多く、毎回違う医師や衛生士が担当し、連携がとれていない。最悪違う歯を抜くという事故も起こりかねないのだという。


私も同じ歯医者に10年通っているので、さすがに歯医者がいつも同じ人なのはわかるのだが、何せ人と極力目を合わせないようにしているので衛生士が同じかまではわからない。


また、問診、歯周ポケットの深さのチェック、レントゲンなど、データ収集をちゃんとしている歯医者も良い歯医者だそうだ。

特に一眼レフで口内写真撮影をする歯医者は患者の治療経過をよく記録しており、学会のプレゼンにも写真を使うため、勉強熱心な可能性が高いらしい。


一眼レフ撮影は、唇を割くために作られたとしか思えない拷問器具を用いて行われ、己の口内がどこかで晒されているかと思うと自害したくなるが、私の歯医者もレントゲンや写真はマメにとっている。


こう見ると、私が通っている歯医者はかなり良い歯医者の条件に当てはまっているのだが、何せもうこの歯医者に巨額を投じてしまっているため、「どうか良い歯医者であってほしい」というフィルターがかかってしまっている気もする。


大金と20代を捧げた担当ホストを、今更クズだと認めることができず「殴ったあとスイパラに連れていってくれる」など、良いところだけ見つけようとしている。


医者は初期段階で選ぶべきだ。情が湧いてからでは遅い。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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