第79回/やがて哀しきフリーランス

文字数 2,262文字

 稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。

「確定申告の書類を提出し終わった」


その旨をXに投稿したところ、賞賛よりも驚き、そして罵倒の声の方が多かった。


確かにフリーランスというのは、その分野で才能があったり、やりたいことがあってやっている人もいるが、週5で定時出社などの社会的規律から逸脱してしまった人間が集まる職業的トー横みたいな側面もある。


そこのキッズである私が、確定申告を期限内どころか期間が始まるまえに終えるというのは「裏切り」でしかなく、他のキッズたちが激怒するのもわからなくはない。


しかし、これは私が急に心を入れ替えたからではなく、むしろ私が相手によって態度を変える品性下劣な人間だからに他ならない。


つまり、税理士から催促の電話が来たから出した、というだけである。

もしこれが担当からの原稿の催促であれば、まず締め切り前の催促に気分を害し「今からやろうと思ってたのに、完全にやる気なくしたわ」というリアルキッズになっていただろう。


しかし税理士に催促されたら「まだ確定申告期間にもなってないのに?」とは言わず、「お待たせしてすみません」と言って、次の日には出すのである。


ただ税理士とて、確定申告の書類を今すぐ出せと言ってきたわけではなく、すでに直近3か月分の明細を滞納していたため、それだけでも早くという内容だったと思うのだが、どうせなら1回で済んだ方が良いと思ったので、ついでに確定申告用の資料も送ったということである。


このように、私個人は事実上前のめりで確定申告作業をしてしまったが、今年ほど国民が確定申告に対しムーンウォークしている年はないだろう。むしろ今年が下げ止まりだと思いたい。


おそらくネットを繋がず、テレビは破壊し、新聞は生ゴミを包む時以外使ったことがないという人以外の納税者は「4000万円以下なら申告しなくていいんだろ?」と思っているだろう。


その理屈で言えば、もちろん私も無申告でOKであり、申告し損となってしまう。


また最近某議員の収支報告書が全て「不明」だったらしいことから、今年の確定申告は全て「不明」で乗り切れると専らの噂だ。


こちらに増税とインボイスなど煩雑な申告を課して来る側が、脱税疑惑、申告もガバガバとなれば、誰も真面目に申告する気など起きない。


だが、これらの納税者の怒りを一身に受けるのは疑惑の人ではなく、現場にあたる関係ない職員なのである。

おそらく「あいつはいいのに、俺はダメなの?」という納税者の問いに対し明確に答えられる職員などいないだろう。

「よそはよそ、お前はお前」というお母さん戦法を繰り広げるしかなく、現場職員の疲弊は想像に余りある。


しかし4000万まで不問というのはあくまで起訴の話だったような気がする。

つまり、お縄にならなかったというだけで、多分4000万の申告漏れ自体が不問になったというわけではないのではないか。

もしその分に対する追徴すらなかったというなら、いよいよ我々も4000万まで未申告でOKということになってしまう。


とにかく、これ以上納税意欲がなくなるようなことはやめてほしい。


確定申告を終えたと言っても、私は必要な資料を集めるだけで、計算は税理士がやるので、今年の正確な収支はわからないが、多分去年より減収だと思われるし、去年も一昨年より減収だった。


もちろん良いことではないが、フリーランスの収入というのは毎年大きく変わるので、体重300キロの豪傑が1~2キロの増減で一喜一憂しないように、多少の減収で狼狽えるようでは、フリーランスはやっていられない。


こんな不安定な収入でやっていられるか、という人は、給与が固定である場合が多い「会社員」という職業があるので、そっちの方が向いていると思う。


だからと言って、私が収入のジェットコースターロマンスに耐えられる強靭なメンタルを持っているわけではない。普通にマイナスを見てえずいている。

しかし、会社員をやったとてメンタルを病むし、私が会社員をやることで周囲も病むので、消去法で病む人数が少ないフリーランスをやっているというだけである。


フリーランスのデメリットを聞かれたら「定時出社がない以外全て」と答えてもいいような社会情勢になってきたが、やはり「不安定」というのが最大のデメリットなのではないかと思う。


会社員とていきなり会社が倒産することは可能性はゼロではないが、フリーランスの仕事が切られる率よりは低いだろう。

しかも、会社員であればそうそう解雇などできないが、漫画家は出版社に終われと言われたら何の抵抗もできずに終わるしかないのである。

つまりフリーランスは定期的に倒産や解雇に遭い、その後の補償が何もない会社員みたいなものである。


フリーランスが賃貸契約やローン契約をしづらいのもこのせいであり、今年収入があったとしても来年ゼロになっているかもしれないからだ。


なんでそんなことをやっているんだと思われるかもしれないが、もちろんそれ以外のことができないからである。


カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

X(旧Twitter)はこちら:@rosia29

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