第56回/ボーナスをもらったはずの夫が何も言わない

文字数 2,357文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。


担当の引き継ぎミスにより、今回は季節はずれのボーナス話!

これを書いているのは7月末ごろだが、噂によると世間では「ボーナス」というイベントがあったらしい。


無職にとってはボーナス以前に「給与」の存在すら都市伝説に近く、「ボーナスは給与の何か月分」などと言わたところで、無に何をかけても無なのである。


最近は電子書籍の印税が半年に1回ぐらい振り込まれるので、それが作家のボーナスと言えなくもないが、一体いくら入るかは振込当日まで全く予想がつかず、冗談ではなく「7円」とかが振り込まれることもあるので、これを当てにすると大変なことになる。


だが私には関係なくても、夫はおそらくボーナスをもらったはずである。しかしその話題が全く出ないまま、7月が終わりを迎えようとしている。


夫が何も言わないのは、おそらく言うことで自分に全く得がなく、むしろ損しかないせいだろう。

世の中には、他人が大金を手に入れたことを知ったというだけで、何故か自分もそのおこぼれにあずかれると思っている人間が存在する。

うっかり私に「ボーナスを10万もらった」などと言ってしまったら、「じゃあ1万はもらっていいよな」など、国語的にも算数的にもマイナス2億点なことを言われるに決まっているからだ。


だが「ボーナス」というのは「家族行事」なはずである。

誰かの誕生日を家族総出で祝うように、ボーナスが支給された喜びを分かち合い、ついでに金銭的にも分配すべきなのではないだろうか。


そんなわけで、夫からボーナスの情報を引き出し、その一部を奪取することに成功した場合、何を買うか考えておくことにする。何事も計画性が大事だ。


やはりボーナスというからには、使い方もそれなりにダイナミックであるべきだろう。いつもはロキソニソだが、ボーナス月はロキソニソプレミアムにするなど残尿のような使い方では、ハンチョウも「欲望の解放のさせ方が見ていてツラい」と真顔である。

平素欲しいと思っていてもなかなか手が出ない物を、思い切って買うためにボーナスが存在するのではないか。


まず、今世間の人間はボーナスを何に使っているのだろうか

「ボーナス 使い道」で検索して一番上に出て来た記事の調査によると34.8%が「貯金・預金」と答えたそうだ。

貯金と預金は同じじゃないかと思うが、専門家からすればマナとカナぐらい別物なのだろう。

しかし「使わず貯める」という意味では同じである。


「最近の若者は元気がない」というバブルの怨霊の声が聞こえるが、ここでブランド物や貴金属などと答えても「年金危機や老後破産言われてますのにえらい景気がようどすな」Z世代非現実京都人が出てくるだけである。


この誰が何をしても文句を言う奴が現れる現象も、世の中全体の余裕がなくなっているせいだろう。

私だって二兆円もっていれば、他人の犬が足に小便をしたって怒らない自信があるし、「ついでに大もどうですか?」とやさしさに満ちた提案することさえできるだろう。

やはり世の中が殺伐としているのは「国民の深刻な二兆円不足」が原因であり、政府はこの問題を早急に解決すべきだ。


せっかくボーナスをもらったのにはしゃぐことすらできず30%以上が「貯蓄」と答える日本の現状に塩辛くなっている人もいると思うが、実はこれが第一位の使い道ではないので安心してほしい。

第一位は「支給されない・わからない」の47.8%である。


「日本はまこと貧しくなりもうした」という、藤木源之助の声が聞こえる。

「わからない」というのも使い道がわからないのではなく、「もらえるかどうかわからない」という意味なのかもしれない。

これだけですでに8割を占めてしまっているのだが、さらに7%が「特にない」と回答しているそうだ。

「使い道」というアンケートの趣旨が完全に破綻してしまっており、もはや「ボーナスを使う」というのは「座薬を飲む」と言っているようなものなのかもしれない。


もしかしたら夫がボーナスの話を一切しないのも、「もらったところで使わないから言う意味がない」と思っているからなのかもしれない。


もちろん使わないならそれでよい、むしろ私の分まで貯金しててもらった方が、後々命が助かるような気もする。

しかし、何事も「例外」というものがある、例え9割が「使わない」と回答していても、「全額使い切ったし何に使ったかも覚えていない」と答える、気骨のある風雲児が0.2%ぐらいは存在するものである。


ボーナスが支給されるのはおそらく7月上旬と思われるので、現在すでに使い切られている、という可能性もなくはない。


そうだとしたら、夫にとってもすでにないものの話をするのは無意味だし、こちらも「ボーナスというものがあった」という過去形の話をされても困る。


前歯が全部金になっているなど、最近の夫に大金を使った形跡は見られないのだが、こちらだってガチャという形で、全く痕跡を残さず大金を失っているので、気づかれずに使い切ることなど簡単である。

ちなみに担当の配偶者はすでに全額使い切ったそうである。


0.2%の選ばれし無頼漢が、ここに2人も揃うなどという奇跡が起こっていないことを祈る。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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