第78回/インボイスの弊害、現在のところ

文字数 2,289文字

 稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。

2月に入り、いよいよ本格的な確定申告シーズンである。


この連載は、半分以上税金支払いに対する文句で占められていることで有名だが、去年からはインボイス制度に対する文句もログインしている。


ご存じの通り去年中ごろから、インボイス制度に対する反対運動が盛んに行われていた。


そう思いたいのだが、ご存じなのは一日の大半Xに貼りついているフジツボ野郎だけで、日中を太陽の下で過ごしている人は、未だにインボイスのことを全然知らない可能性がある。


確かに、自分に直接関係ないことに対し、興味を持てと言われても難しいし、まして学ぶ気にはなれないものだ。

私だって、金玉の構造と仕組み、さらにそれを所持することにより起こる弊害を事細かに説明されても、何せ金玉未所持、これからも所持予定なしなので、上の空になってしまい、1時間後には全て忘れているだろう。


しかし、自分にはなくても、金玉所持者と共生しているのだから、それに対し全く興味を持たないというのも問題なのである。


何故我々がインボイス制度に反対していたかというと、正直「よくわからないが自分たちに害があるらしい」という理由で反対していた人も一定数いると思うし、私もその一人である。


では現在のところ、本当にインボイスにより害が発生したのだろうか。


X上でインボイス制度の害を受けている人のポストは見かけるし、確定申告シーズンになって「これはリアルガイだ」という声も増えて来た。


だが、それはあくまでX上のことであり、全てが「人間の声真似をして獲物を捕食するタイプの妖怪の鳴き声」という可能性もゼロではない。

特にXは、インプレッション数による収益化機能が実装されてから、虚偽投稿も増えてきており、私自身も寄生生物Xに脳を支配されていない自信がない。


本当にインボイス制度が害か判断するには、生の声が必要である。


私個人の話をすると、正直今のところ、インボイス制度による金銭的影響は受けていない。


ただこれは、あくまで今のところであり、目に見える影響がない、ということである。


何故インボイス制度がフリーランスに害がある制度かというと、インボイスを発行できないフリーランスに仕事を発注すると、消費税分が控除できず、その分を発注元がかぶることになってしまうため「インボイスを発行できないフリーランスには仕事を発注しない」となり、零細のフリーランスが干されるか、消費税分仕事単価を下げるよう迫られる恐れがある、と言われていたからだ。


これに対し、出版業界は軒並み「インボイスの有無で仕事の発注を制限することはない」と言っており、インボイス制度施行により、原稿料を下げるよう交渉してきた会社も、私が知る限りは存在しない。


実際出版界がインボイスの有無で発注を決めていたら、中堅以上の作家に仕事を依頼し続けるしかなく、これから大ヒット作を生み出す新人を全く発掘できず、先細りになってしまう。


しかし本当にインボイスの有無で判断していないかどうかは、こちらからではわからないことである。

面接に同じようなスペックの奴が2人来たら、最終的に顔で決めるように、同じような経歴なら、インボイスの有無で決めるということはあるかもしれないが、その事実をこちらが知ることはない。


だが、よく考えて見ればインボイス導入以前から、仕事が来ないときは来ないし、不人気による打ち切りという形で、突然仕事が切られることなど日常茶飯事だったので、その点に関しては「今まで通り」と言える。

実際今年から私の仕事が激減したとしても、インボイスのせいだとは言えないし、むしろ「インボイスのせい」という言い訳が一つ増えてラッキーと言えなくもない。


ただ塾講師が「インボイスが出せないなら契約を更新しない」と通達されたというニュースも見たので、業界によってはすでに影響が出ているところもあるだろう。


では逆にどこに影響が出ているかというと、やはり事務処理が煩雑になった点だろう。

私も今年から、税理士に領収書は例年より厳密に必要である、と通達されているし、こちらとしてもできるだけ適格事業所で経費を使いたいので、それを確認しながら経費を使わなければいけない。


フリーランスだけではなく、会社員の経費精算にも影響が出ているようで、領収書不備により経費が精算されなかったという例も増えているようだ。


インボイスがあろうがなかろうが、領収書は厳密に出すものだと思うだろうし、その通りだが、4000万の記載漏れが不起訴になろうとしていることでおなじみの政治家は、文通費という経費が毎月100万支給され、その分の領収書は不要で、余った額を返さなくてもOKという謎ルールがあるらしい。


そんなグダグダ精算が許されている人間に、領収書をちゃんと出せという制度を作られたのはやはり腹が立つ。


このように、具体的に大きな害が出ているかというと、私個人としてはまだまだなのだが「お気持ち的に猛烈に受け入れがたい」という、精神的ダメージを負った、という点だけは確かである。


カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

X(旧Twitter)はこちら:@rosia29

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