第42回/ここでCurryKnockから問題です【Q.棚卸の意味は?】
文字数 2,169文字
稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!
前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!
お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。
「今日は年度末の棚卸で遅くなる」と夫に言われた。
夫が3月末に棚卸で遅くなるのは、毎年のことである。
そして、「わかった」と言いながら棚卸が何なのか未だに理解していないのも、例年通りだ。
ちなみに「遅くなる」と言ったら、都会の人は早くとも23時以降、午前様も辞さない時刻を想像するかもしれないが、夫はその日20時に帰ってきた。
このように、田舎はすべてが2、3時間前倒しだと思っておいた方が良い。
一見仕事が早く終わって良いように見えるが、その分起きる時間も2、3時間早く、夫も5時半ぐらいには起きている。
今まで「棚卸」と聞くたびに、社員全員で棚から何かを降ろす姿を想像してきたが、おそらくそんな物理的作業ではないと薄々感付いているし、昔とった簿記の資格にも棚卸という用語が出てきたような気がする。
ちなみに簿記は3級であり、1回落ちた。
このままいけば私が「棚卸」という作業に関わることは一生なさそうだが、夫の言葉に「棚卸ね、完全に理解した」という顔をするために、今一度棚卸が何なのか調べてみた。
棚卸とは「期末に商品等の在庫の数量を確認し、会計上の期末棚卸資産の金額を確定させる目的で行われる作業のこと」だそうだ。
早くも読点以降何を言っているのかわからなくなっているが、「在庫の数量を確認」と言っている点からして、思ったより物理的作業であることがわかる。
経営にとって「利益」を出すことは最重要と言っても過言ではなく、その利益を算出するのに「棚卸」は不可欠なのだという。
そして、棚卸資産にかかる決算整理仕訳を期末に切ることにより、利益が計算されるのだそうだ。
本格的に何を言っているのかわからなくなってきた。逆に何故私が1回落ちただけで簿記3級に受かったのかが不思議になってきた。
ともかく、利益を計算するためには商品の在庫を数えなければいけないということだ。
幸い数えるだけなら10までいけるし、会社で靴下を脱いでいいなら20も不可能ではない。
また在庫を数えることで、理論上の在庫と比較することができ、場合によってはそこで「横領」が発覚するケースもあるようだ。
確かに現金をかすめ取るだけが横領ではない。
今なら盗んだ在庫をメルカりだす、尾崎卒倒の輩もいるだろう。
しかし商品在庫を調べただけで安心してはいけない。サンプル品やノベルティを非売品として高額出品する人間もいるし、懸賞商品を当選者に送らず着服するという「最終形態」も存在する。
日本はリモートワークが普及しだしたころ、各社がこぞって「社員監視システム」を開発しだしたディストピアだが、確かに監視がゆるいほど「これはやれるんちゃうか」という魔が差しやすくなるものだ。
不正を未然に防ぐためにも「見ているぞ!貴様!」という逆DIO様体制は必要である。
ともかく、商品の数を数えたらそれを金額に換算するそうだ。
換算方法は購入額で計算する原価法と「このガソプラは買占めした時は1万だったが、買った瞬間メーカーが受注販売を発表し現在は1000円で出品してやっと売れた」など、時価の低いほうで計算する低価法があるらしい。
在庫を金額に換算し、何らかの計算をすれば何故か利益が算出される仕組みのようだ。
やはり夫は、物理的に棚から在庫を出して数えているため夜が遅くなっているという理解で良かったのである。ならば調べなくても良かった。
おそらく個人事業主でも、物を売買する仕事であれば棚卸は発生するのだろう。
しかし、漫画家には基本的に在庫という概念がない。原稿も商品と言えなくもないが、在庫と呼べるほど原稿がストックされていることがなく、むしろ「在庫がマイナス」という怪現象が起きかねないほどだ。
また請求書を出さない仕事も多いため、売掛や買掛も算出できないような気がする。
そう考えると、漫画家という職業はかなり経理法則を無視しているので、今まで一度も役にたったことがない簿記3級がますます役に立たないということがわかった。
だが、漫画家に請求書を出させようとしたら出版社側の経理が破綻するし、棚卸作業をさせたらそれだけで負傷してしまうので、漫画家には漫画を描かせる以外のことはさせない、というのが一番コスパが良いのかもしれない。
よく考えて見れば、わざわざネットで調べずとも、夫に棚卸とは何をするのか聞けば良い話なのだが、隣のパイセンより遠くのグーグルに聞くようでなければ立派なコミュ症とは言えないのである。
だが明日も棚卸の続きをやるらしいので、帰ったら聞いてみようかと思う。
しかしそれで、「棚卸資産にかかる決算整理仕訳を期末に切っている」などと言われても困る。
ぜひ「汗みずくで棚から物を降ろして指で数えている」という返答を期待したい。
山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。
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