第38回/先攻【納税者】後攻【税務署の人】悲しき罵倒合戦
文字数 2,202文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!
前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!
お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。

税理士から確定申告が終わったとの連絡を受けた。
まだ多くのフリーランスがやっと領収書を集めはじめ、今度は自分が税理士に音信不通にされているとに気づき始める時期なので、それに比べれば異常なほど早い。
今年は「早く資料を出してくれ」という税理士からの催促が早かったためこうなった。
やはり私の権威へのへりくだり方は、音速を超えている。
このノリで行けば原稿もスピーディに出せるはずなのだが、残念なことに原稿の催促を行うのは税理士の先生ではなく「編集者」なのだ。
編集者というのは能力的には優秀でコミュ力が高く、有名大学を出て大手企業に就職している奴も多いのだが何故か「威厳」のパラメータがゼロという不気味なステータスの振られ方をしている。
そんな歪な生き物に「ゲンコウ…ハヨ」などと言われても「キモ!コワ!」という恐怖しかないので、多くの作家は提出より逃亡を選んでしまうのである。
担当作家に逃亡癖があるという編集者は、まず自分がクリーチャーであることを確認してほしい。
ともかく確定申告は今年も不況の内に終わったので、夕飯時その旨を夫に伝えた。
別に報告する意味はないのだが、何せ我々の間には会話というものがない。このぐらいどうでもいい話題を出さなければ終始無言で、テレビから聞こえる「キッチンタイマーボーイ!」が唯一の音声のまま夕飯が終了してしまう。
しかし確定申告終了を告げた返す刀で「還付?還付?」という煽りギャグを食らったので、やはりこの時間はキッチンタイマーボーイに一任しておくべきだった。
夫は私の収支の詳細を知らないのだが、私から発せられる乏しい話題のうち9割が税金の悪口なので、毎年ノー還付イエス追納なことは良く知られている。
しかし、今年は還付がワンチャンないわけではない。
何故なら今年の私の収入は激減しているからだ。
激減と言っても、出版社が原稿料をこぞって白菜現物支給にしだしたわけではなく、いきなり食っていけないレベルになったわけでもない。
ただ、その前年の収入が単行本の発売など諸々の仕事が重なって多かったので、それに比べたら凄まじい減り方をしているというだけだ。
今目の前で追納ジョークを言っている会社員の夫に、このフリーホールを見せたら一瞬で病気にしてやることができる。
だが逆の立場だったら、こんなに収入が不安定な相手と結婚してしまったことを、確実に後悔するだろう。
ただでさえ私には、結婚したことを後悔する要素が多いのだ。これ以上最近のゲームみたいに「新後悔コンテンツ追加!公式ページからダウンロード!」と言う気にはなれない。
そして、フリーランスには「まだ発生していない税金を先に払う」という謎の制度がある。
お上は「あいつらはすぐ税金を払えなくなるうえに最悪福祉の世話になりやがる」と我々フリーランスのことを全く信用していないため、一定の条件を超えると翌年の税金額を仮計算し、一部を先払いしなければいけないのだ。
しかし、この仮計算は前年の収入を元に「去年このぐらいやから今年もこんなもんやろ」と算出されるのだ。
収入が不安定だから先に取っておこうという制度なのに、その額を毎年収入が安定していること前提で計算してくるという矛盾である。
あいつらは、不安定だからといって税金をとっていく割には、俺たちの本当の不安定さを理解していない。我々はお上が思っている五億倍不安定なのだ。
つまり、収入が多い年基準で税金を計算され、それを収入が減った今年に払わなければいけなくなったため、今年は本当に税金で大変だったのだ。
しかし、あくまで予想額なため、正確に計算した結果払いすぎであれば返ってくるので、今年は還付がワンチャンなくはない。
だが、還付があったとしても住民税は普通にとられるため、今年も税金を払うために働き、税金の文句をいうだけの人生になりそうだ。
しかし税務署の人も、納税者がこれだけ最初からキレているのだから、その対応には苦労していると思われる。
大体どれだけ税金をとったところで、職員に3パーセントマージンが入るシステムというわけではないのだ。
だが納税者は、まるで窓口の人間が暴利をむさぼっているからのような食ってかかりかたをしてしまったりもする。
その結果「お互いがお互いを人間であるということを忘れる」という悲しい現象が起こり、職員の横柄な態度に納税者が罵声で応えるという、最悪のコール&レスポンスが各地で起こってしまうのかもしれない。
税金をとっていくのは国であり、窓口の人や電話をとった人ではないということを肝に銘じなければいけない。
不服があるならせめて「責任者を呼べ」をやってから怒るべきだろう。
むしろ、こんなふうに海原雄山みたいなムーブができるのは、納税以外でない気がする。
納得できない場合は、積極的に女将ではなくお上の偉い人を呼んでみようと思う。
山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。
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