第50回/最後にお金で買うのは「健康」である

文字数 2,350文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。

書くことがない、そう思っていた矢先、歯科の定期健診で二年ぶり3回目のインプラント治療が決まり、また大金を失うことになったので、やはり私は持っている、今からでも貴様らに分けてやりたいぐらいだ。


「健康が一番の財産」というのは例えではない

健康を害したことにより治療や休業で金銭的財まで失うし、何より金では買い戻せない時間を失うので、やはり健康が一番の財なのである。


しかし一方で、「金持ちほど健康」という身も蓋もない結論も出てしまっている。健康が一番の財と言われても、それを維持するのも財なのである。


確かに「十分な睡眠にバランスのとれた食事と適度な運動さえすれば健康になれる」と簡単に言うが、それらを維持するには結構金がかかるような気がする。


逆に金があればできるのかというと、「意志」という巨大な問題が浮上してくるのだが、それゆえに健康的な生活を送るには「余裕」が必要なのだ。


生活に余裕のない人間は、「とりあえず明日からジョギングと筋トレをはじめよう」とは思わないのだ。

「借金取りから走って逃げる」もしくは「クビをへし折る」という方法を思いついた可能性もあるが、その発想が出てくる時点でそいつはまだ大丈夫だ。

昨今のジョギングや筋トレブームも、やはり裕福層からはじまったムーブメントなのである。


「バランスのとれた食事」も意外と金がかかる。逆に「健康を破壊するアヴァンギャルドな食生活」というのは、割と安価で成り立つ。


今どきワンコインあればバランスのとれた定食ぐらい食えるのかもしれないが、おそらく一食にワンコイン使える時点で余裕がある側だと思われる。


私も40歳の誕生日に、100円程度の「グミ」を100袋ぐらいいただいたことに気をよくし、しばらくパスタ&グミに栄養食の粉という生活をエンジョイしていた。

だがさすがに栄養食だけではそんなネバーランドの食生活を支え切れなかったようで、「皮膚が剥がれる」などの各種不具合が体に起こり始めた。


さすがにこの年でそんな生活をするのは死に直結するので、食生活を若干改め、菓子も「体に良い」「自然派」などと銘打たれたしゃらくさい物を選ぼうとした。


しかし、しゃらくさ菓子は高いのである。

値段は百数十円でも量が異常に少なく、ハムスターがおかわりを所望するレベルなのだ。

同じ値段でも、今まで食っていた炭水化物の怨霊や砂糖の地縛霊、さらにそれを油地獄に落としたような菓子であれば倍以上の量がある。


つまり健康的な食べ物だけで満腹になり、それを毎日続ける、というのはそれなりに余裕のある人間にしかできないことなのだ。


そもそも「健康になりたい」という発想自体余裕のある人間の発想である。

健康ということは長生きしてしまう、ということだ。


余裕のない人間が、「長生きして一秒でも長くこの苦しみを味わいたい」と思っていることは稀であり、むしろ「一瞬で水蒸気になりたい」と思っている場合の方が多い。

基本的に余裕がない人間は「ヤケクソ」なので、三食菓子パンを食い、休日は一歩も歩かないどころか直立すらせず、夜は眠れないのでストゼロで気絶するなど、生活もホットウンコ状態になりがちなのである。


そして健康を害し、働けなくなって治療費がかかり、さらに余裕がなくなるという悪循環に陥りがちなのである。


よって国は、最低限度の生活ではなく、皆が「健康」に関心を持てる程度の「余裕のある生活」ができるようにしなければ、また不要な医療費や保護費がかかるだけである。


などと、いつもの政治批判で終了したいところだが、貴様は歯の健康を慮れないほど余裕のない生活を強いれおり、それは社会のせいか、といわれると「自らの不徳の致すところ」としか言いようがない。

健康に気を配れる状態でありながら、意志の問題で健康を害す奴がいるのもまた事実なので、もし健康に金と時間を割く余裕があるなら割いておいた方がよく、むしろそれが後々経済効果を生む。


歯というのは、根本が割れてしまったら「抜歯」しかないらしく、抜歯後の処置は「ブリッジ」そして「入れ歯」となる。これなら保険内の治療となるが、たまに何もせず口内に「穴」を放置する無頼派もいるそうだ。


多分私ぐらいの年齢であれば、「ブリッジ」を選択するのではないかと思う。

ブリッジとは抜いた歯の両隣の歯に支えられる形で歯を設置する方法で、自立はしていない歯だ。

高額なインプラントなどせずとも、この治療法で問題ない人も多いと思う。


しかし、この治療は支える歯に負担がかかるらしい。

倒れた奴を支える両隣がラグビー部員のように屈強であれば問題ないが、私の両隣のメンバーはすでに銀色に輝くメタリックカラーであり、自前の歯でないのは明らかである。

いわば、98歳の老人を95歳の若人が支えるようなもので「長くはもたない」のは自明であり、早々に共倒れ、もう支える人員もおらず「一帯を入れ歯」という話になるに決まっている。


しかし本体も90代ならわかるが、私の年齢でこんなことになっているのはやはりただ事ではない。


健康はどれだけ気を付けても不運で失われることがある。しかし、歯はダイレクトにこちらの行動を反映してくるので、磨ける歯があるうちに磨いておくべきである

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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