第21回 大FIRE賊時代到来! 高次元FIRE民を目指すぜ!
文字数 2,179文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!
前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!
お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。

一刻も早くファイヤしなければいけない。
そう書いてから早くも一週間経ってしまったが、早期リタイアはもちろん物理的にもファイヤしていない。一体この一週間何をしていたのか、俺はいつもこうだ、誰も俺を愛さない。
FIREしたいというのは寝言ではなくわりと本気だ。
よってFIREの実践者として有名な人の著書や、FIREが特集されている経済誌を買ったこともある。
そういうものに小銭を落として資産を目減りさせるから、余計FIREが遠のくのかもしれない。
もしFIREに興味があり、FIREについての書籍を購入しようという人は、どの本も「まず労働などでお金を貯めましょう」からはじまるということを肝に銘じてほしい。
労働したくないからFIREしたいのにFIREのスタート地点が「労働」というのは、「モテる話術」という本の一行目に「まず顔でモテましょう」と書いてあるようなものではないか。
だが、FIREしている人の実例を見ると、恐るべきことに大体の人が「労働」を経てFIREしているのだ。
その点に憤りを感じる人も多いとは思うが、もしスタートを労働以外にしようと思ったら「無職一人を一生食わせるぐらい朝飯前な金持ちに生まれる」になってしまうのだ。
「労働」と「転生」だったら、悔しいが労働の方が簡単な気がする。
もっと現実的な労働以外の道を探すとなると、僅かな資金で巨万の富を生み出す「ギャンブル」しかなくなってしまう。
つまり「労働」が一番確実かつ堅実なFIREへの道なのである。この時点でFIRE自体がそんなに夢のあるものではない、ということがわかる。
逆に言えば、労働ほど確実でリスクの低い資金調達方法はない、ということだ。
そういって社会は我々を洗脳しようとしてくるが、労働はもっとも心身の健康を害するリスクを有した行為なので騙されてはいけない。
フィジカルとメンタルを両方破壊してくる有害物質など、なかなか存在しないだろう。
私が最初に読んだ有名な海外のFIREの人の本も、「私はとても貧しい家に生まれましたが今ではFIREし旅行三昧の快適な日々を送っています。そのためにまず一生懸命勉強して専門職になり、サラリーのそこそこ良い会社に入りました」という流れなのであまり参考にはならない。
ただし書き手も「これだけだと自分の本でケツを拭かれてしまう」と思ったのか「でも安心してください、収入が少なくてもFIREは可能なのです!」という、ポジティブな外国人を日本語訳すると全員こういう話し方になるのか、という口調で別の方法も示してくれている。
収入がなければ支出の方を減らせということだ。
これが前回触れたリーンFIREであり、筆者もどちらかというと自分も支出を減らす方に力をいれてFIREしていると語っている。
その支出を減らす方法の一つとして、「家を持つなんてなんて愚かなことでしょう」と1章使って家を持たない方がよい理由を並べてくるので、すでに愚かなことをし終わっている私にはやはり参考にならない。
また完全リタイアが難しい、もしくは不安な場合は働く日数を減らす「サイドFIRE」という生き方も提唱されている。
だが、FIREにはさらに高次元の存在がいる。
それが「コーストFIRE」だ。
コーストFIREとは、働かなくても生きていける資産があるのにあえて働いているFIREのことだ。
「あえて働く」というのは「あえて寝る」に並ぶパワーワードである。一度でいいから「あえて!働く!」と言って出社してみたいものだ。
おそらく多くの人間が「仕方なく!働く!」としか言えないまま死んでいくのである。
つまり金のためではなく、生きがいや趣味として働いているFIREがコーストFIREだ。
アマプラやネトフリなどがある現代において、趣味や生きがいが仕事というのは金があっても心が病んでいるのではないかと思うが、世の中にはGをペットにしている人もいるのだ。仕事が趣味という人がいてもおかしくない。
ちなみにGとはもちろんゴリラのことだ
しかし、よく考えてみれば、漫画家というのはかなりコーストFIREが多い業界である。
尾田栄一郎や高橋留美子などどう見たってもう一生働かなくても大丈夫なのに、それでも未だに常人以上に働いている。
そういう変わった人が多いため、冨樫義博の描かなさっぷりが話題になるが、むしろ描かなくても食っていけるなら描かない方が普通なのだ。
だが、そんな冨樫先生もハンター×ハンターの連載を再開されたのだから、立派な「あちら側」の人間である。
私がこの原稿をあえて書いているかというと、当然仕方なく書いている。
だがいつか「この原稿を書く必要は全くなかったが、あえて書いている」という書き出しで、皆さまをイラつかせてみたい。
山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。
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