第51回/君たちはどう歯医者を選ぶのか?

文字数 2,340文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。

前回2年ぶり3回目のインプラント治療が決定したのだが、実は夫もインプラント治療をしている。


夫は少なくとも私ほど歯に対しSな生活をしてきていないと思うのだが、普通に歯を磨いていても磨き方が悪かったり、ちょっとした違和感を感じつつも何年も歯医者に行かず放置を決め込むと、ある日突然抜歯を宣告され、入れ歯オアインプラントorDIEの選択を迫られることがあるので、異変がなくても数か月に一回の歯科検診をお勧めする。


実際若くして入れ歯をゲットするエリートというのは、「怖くて歯医者に長期間行けなかった人」が多いそうだ。


「怖い」というのは単純に治療が怖いというのもあるだろうが、行ったら自分の歯がとんでもないことになっていることがわかってしまうという、現実に対する恐怖、そして「怒られそう」という精神的恐怖も大きいのではないかと思う。


こちらの過失なく車に轢かれた時、「何故車に轢かれたりしたんだ」と医者に叱責されそうだから病院に行きたくない、とはあまり思わないだろう。


対して歯の不具合というのは、「全ての責任はこの私」という田岡監督よりも強い自覚を持っていることが多いため、歯医者に己の不摂生をなじられるのでは、という恐怖もあり、どうしようもなくなるまで行き渋ってしまったりする。


しかし、歯医者に限らず最近の医者はあまり怒らない傾向にあるようだ。

私も十分歯医者の怒りに値する歯をしているが、今の歯医者で怒られたという記憶があまりない。

もちろん「もうこうならないように歯をきちんと磨きましょう」など今後の注意は受けるのだが、「何故こんなことになったのか、どうせストゼロを痛飲してゲロを吐いた口をゆすぐこともなく便所で気絶する生活を送ってきたんだろう」など、過ぎてしまったことに対する叱責をしてくることはあまりない。


ちなみに、歯に最も悪影響なのは甘いものではなく本当にゲロなので、化粧だけは落として寝るように、ゲロを吐いた口だけはキレイにして寝ることをお勧めする。


それに説教臭い歯医者が嫌であれば、病院を変えれば良い。

一説によると「歯医者はコンビニよりも多い」らしく、確かに私が住んでいる田舎でも歯医者の数は多い。


しかし、我々は「医者を選ぶ」「病院を変える」という行為にまだ慣れていないような気がする。


私と夫は違う歯医者に通っているのだが、貴様の歯医者ではインプラントにいくらかかるのかと聞いたところ、なんと私の歯医者の方が「約20万」も治療費が高いことが判明した。


インプラントは、自由診療ゆえに値段も病院によってかなり違う。

簡単にはできない高額治療なのだから、本来なら複数の病院を比較検討して決めるべきだろう。

私も毎回高すぎると嘆くぐらいなら、もっと安くてさらに治療にも問題がない歯医者を探して、変えるぐらいのことはすべきだったのだ。


しかし「もう10年以上通っているし」「高い分しっかりしている」など、何かと理由をつけて変えようとしないのだ。

それらの理由も嘘ではないが、一番の理由はもちろん「面倒くさい」からである。

病院に行くだけでもかなり面倒くさいのに、さらに複数の病院を当たって検討するなど、面倒くさすぎて逆に体調を崩す。

よって、最初にかかった医者がベストであると自分に言い聞かせてしまいがちであり、最初の医者ガチャでドブを引くと、ずっとヤブ医者にかかる恐れがある。


そして、夫の通っている歯医者は確かにインプラントの金額は安いのだが、もちろん安ければ良いというわけでもない。

インプラントは大体半年で治療が終わるものなのだが、夫の治療は土台を入れたと思ったら何かの不具合でやり直しになったり、隣の歯から菌が感染してやり直しになったりと、何度もやり直しになっており、すでに「2年」近く1本のインプラント治療に時間を費やしている。


あなりにも年度末の道路のように何度も掘り返しているので、「その歯医者はダメなのではないか」と夫に言ったのだが、やはり夫も何かと理由をつけて医者を変えようとはしないのである。


さらに「治療中の隣の歯の不具合を見逃したために菌が感染してやり直しになり、隣の歯もインプラントにすることになって、その分は無料になった」という衝撃的な話も聞かされた。


つまり数十万するインプラントが1本タダになったということだ。

本来ならラッキーと言えるのかもしれないが、何せ1本の治療に2年ぐらいかかっているし、数十万がタダになるレベルのミスがあったというのも怖い。


おそらく夫も疑問を感じているのかもしれないが、2年近く通った上、治療途中で医者を変える労力は並大抵ではないので、おそらく「先生の人柄がいい」などと自分を納得させているのだろう。


そもそも、日中働いている人にとっては病院に行くだけでも一苦労なので、納得行くまで病院を選ぶ余裕などないのが現実である。


しかし、一番の財である健康に対して手間を惜しんで、初対面の人間に体を完全に預けるというのは、ある意味、全く素性を知らない相手とワンナイトキメるよりも危険なことをしていると言える。


健康ほど金と時間をかける価値があるものはない。


しかし失わないとその価値に気づけないという欠陥がある。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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