第80回/「全員納税しない」でいきたいところだが

文字数 2,326文字

 稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。

「岸田総理『裏金さておき納税』呼びかけ」


「さておき」も未だかつて、こんな重いハンドルを握らされて「納税の方に曲がれ」と指示されたことはないだろう、完全にパワハラである。


総理大臣が実際このような発言をしたわけではないようだが、未だ裏金問題が解決しない中、国民に適切な確定申告を呼び掛けたのは確かなようで、見出しを考えた記者のセンスが光っている。


私も今後担当から原稿の催促が来たら、「締切さておき」というタイトルで蓮コラ画像でも送ろうかと思う。


おそらく総理とて、裏金に対する質問に対し「それはさておき納税しろ」と答えたわけではなく、確定申告単体についてのコメントをこのような見出しで出されただけだと思うが、多くの国民が、脱税している側に納税しろと言われて、怒りと戸惑いを覚えている。

もちろん一国の長としては「国民は適切な確定申告した方がいいか」と聞かれれば「してほしい」と答えるしかないと思うが、ここで「俺たちもしてねえからお前らもいい」と言ってくれれば、「おもしれー総理」として国民のフラグは総勃ち、支持率も50パーアップは堅かっただろう。


「あの脱税議員を今すぐ逮捕しろ」という声も大きいが「俺たちも苦しんだから他の奴も同じ目に遭わせたい」という思考では、いつまでも悪習はなくならない。

ここはひとつ「全員納税しない」という方向で手を打てないだろうか。


しかし一向に「今年は納税しなくていい」というお触れが出ないので、国民の裏金と脱税に対する怒りは未だ止まず、逆に一般人が起こすそんじょそこらの金の不祥事に対する視線は優しくなっており、頂き女子が4000万円の脱税で告訴されるというニュースに対しても「4000万円までなら無罪なんだろ?」「議員だったら不問だったのにね」と同情の声が集まる始末である。


そんな中、某セクシー女優が8000万円の追徴で話題になっているのだが、これも脱税への批判より、セクシー女優の収入の低さに注目が集まっている。

それに記事が本当なら、彼女は意図的に脱税をしたわけではなく、前事務所の「税金はちゃんとしている」と言われていたが、実際は全く申告しておらず、その間7年分の追徴をされたということだ。


確かに会社員であれば、税金は会社側がちゃんとすることであり、基本的に社員がやることではない。

だが、おそらく芸能人は、事務所に所属はしているが社員というわけではなく、個人事業主扱いで、確定申告が必要なのではないかと思う。



7年も自分の納税額を把握していないなんてあるか? とも思うが、日本は納税が義務の割に、どういう人間が確定申告が必要で、どうやって申告するかについては義務教育で教えていない。

10代の女子が事務所に「税金はちゃんとしている」と言われれば、そんなもんかと思ってしまうのかもしれない。


もしかしたら、義務教育でちゃんと教えていた可能性もあるが、さすがの私も小中学生の段階で「将来歩合制でその日暮らしをすることになる」という予想はついてなかったため、真面目に聞いてなかったと思われる。


だが「子どもが将来なりたい職業」の中には、確定申告が必要なものが結構含まれているので、その大半が途中で夢を捨てて会社員になるとしても、無意識脱税を防ぐため、確定申告については義務教育でもっと教えた方が良い。


しかし今、納税について教育しようとしても「政治家が申告してないのに自分たちはしなければいけないのか」という子供の問いに明確に答えられる教員はおらず「それはさておき納税は国民の義務」と言うしかなく、大人への不信感が増すだけになるだろう。


ちなみに会社員でも、税金や年金に関しては会社が全部やってくれていると思ったら、やっていなかったということも、稀にある。


あまりにも引かれる物が多すぎて、見るたびに憤死するので給与明細は見ない、という人もいるかもしれないが、たまには所得税や住民税がちゃんと引かれているかを確認した方が良い。


それに自分が社員と思っていただけで、本当はその会社に出入りしているだけの個人事業主である可能性もゼロではないので、ついでに雇用保険や社会保険料、厚生年金欄も確認しておこう。


事務所の「ちゃんとしている」を鵜呑みにしてしまうように、初めて入った会社がヤバだとそのヤバさに気づけず、ノー保険証という逃亡犯みたいな生活を何年も続けてしまうのである。


ちなみに正社員で社会保険なし、雇用保険なし、厚生年金なしは、完全にヤバい会社だが、フリーランスはそれがデフォルトである。


会社員は出発時でも50Gと銅の剣の初期装備があるが、フリーランスはパンイチの初期アバターからのスタートだ。


ちなみに今でも子供がなりたい職業の1位は「スポーツ選手」らしいが、彼らも個人事業主扱いなので、広義の上ではフリーランスだし、最近人気のユーチューバーも、もちろんそうである。


だが将来何になるにしても、夢を語る小学生に対し「その仕事は所詮フリーランスであり、社会保障がないし、自分で確定申告をしなければならない」と言い出すクソリプ中年にだけはならないようにしてほしい。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

X(旧Twitter)はこちら:@rosia29

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