第57回/バカがボーナスをもらってはしゃぐと、経済は回る
文字数 2,588文字
稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!
前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!
お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。
担当の引き継ぎミスにより、今回もまた季節はずれのボーナス話!
前回、ネットの統計ではあるが、30%以上の人がボーナスの使い道を「貯蓄」、40%以上の人が「もらえない、わからない」と回答しているという。
これだけ将来年金がもらえない、2000万はないと詰む、自助れカス、と脅されている世の中だ、まともな聞く耳を持っている人間なら、ボーナスをもらっても怖くて使えない、となるのは当たり前である。
だがそれ以上に、「もらえない、わからない」という使い道を考えるレベルにまで達して層が40%以上もいるのが問題だ。
確かに、ボーナスが確実に、さらに大きな変動なくもらえる企業というのは意外と少ないものだ。
ボーナス時期になると公務員のボーナス平均が発表されるが、これは公務員ほど毎年安定してボーナスをもらえる職種が他になく、他業界は「ボーナスいくらでした?」と尋ねたところで舌打ちか殴られるため、統計を取ることすら不可能なせいかもしれない。
実際、コロナで旅行業界が大打撃を受けた時は、JTBやANAなどの大企業ですらボーナスカットになっており、日本のディズニーランドを運営するオリエンタルランドも、ボーナス7割カットなど、全く夢のないことになってしまっていた。
また、兄を超える弟はそこそこいそうだが、基本給を超えるボーナスはそこまで当たり前ではない。実際私が会社員時代も、ボーナスが基本給より多かったことはほとんどなかったし、「3万」ということもあった。それですらもらえるだけマシであり、多くの場合、金額はもちろん、もらえるか否かさえギリギリまでわからないことが大半であった。
もらえるかどうかわからない金の使い道を聞かれたら、「わからない」と答えるしかないだろう。
むしろ40%以上の人間が「ボーナス何に使う?」という、猛暑の中神経を逆なでする質問に対し「もらえない」「わからない」と言葉で返答してくれことがすごい。もしくは、舌打ちや暴力でアンサーしてきた人間を、全員「もらえない・わからない」枠に入れているかだ。
それでも「そんなものはない」と横山関羽顔で両断返答できる人間は良いが、さらに問題なのは「住宅ローンの返済」や「家に屋根をつける」など、生活に必要な使い道がある一方で「もらえない」というダブルアンサーになっている勢だろう。
こういう事態がザラにあるため、最近は「ボーナス払い」を当てにしたようなローンは組むなと言われている。
ボーナスは給与と違い、支払わなくても違法にはならないらしい。また最低賃金もないため、例え30円でも違法にはならないのだ。
労働協約や就業規則に、「賞与は年二回基本給の2か月分支給」など明記している会社なら話は変わってくるようだが、今のご時世そんなことを書く自信満々企業はほとんど存在しないはずである。
だからといって、賞与支給と明記しなければ社員が集まらないので書いてはあるのだが、大体「ただし業績の不振などやむを得ない理由で減額または支給されないことがある」というエクスキューズも書かれているようだ。
また、毎日出社しただけで全員に同じ額の賞与を与えるという、ログインボーナス制にしている会社も稀であり、「勤務実績によって減額または支給しない」と書かれている場合が多い。
つまり、能力が高く会社への貢献度が高ければボーナスが高くなり、低ければ少なくなるということである。ただし、それだけでは根拠なく「お前は無能だから」と言いがかりをつけて、ボーナスをカットすることが可能になってしまうので「数千万の機械を破壊しておいて何故ボーナスがもらえると思っているのか?」など具体的な勤務実績例が必要となってくるようだ。
さらにこれだけファジーな存在でありながら、賞与支給されるとなれば、税金や社会保険料が寸分の狂いもなく徴収されるシステムになっている。
そんなわけですっかり「ボーナスなどないものと思え」が当たり前になってしまったが、「ボーナスを当てにするなんてバカのすること」などというのは、バカへの責任転嫁であり、一番悪いのはボーナスすら満足に支払われず、ボーナスではしゃぐことすら許されなくなった社会を作ったやつだろう。
むしろボーナスをもらったバカがはしゃぐことにより、経済は回っていくのだ。さすがのバカも、もらっていないボーナスを浪費することはできないし、ちょっとしたバカすら青っパナをすすって「ボーナス?貯金ですかね…」と答えるようになってしまった現代の方が異常である。
ボーナスを娯楽や遊興に使うだけでも激レア氏と化し、まして使い切るなど、年金崩壊や老後破産など数々の脅しに屈しない勇者のみとなってしまった。
全国民が常時はしゃいでいる状態が良いかというと、それはそれで「バブル」という、日本史上鎌倉に並ぶ狂気の時代になってしまうのだが、はしゃぐどころか一瞬でも気を抜いたら死ぬし、気を抜いたほうが悪いと言われてしまう、精神的世紀末伝説になってしまっている現在も、相当治安が悪いと思う。
ちなみに我が家のボーナスだが、意を決して夫にボーナスはもらったかと問うてみたところ「もえらえた」という大変簡潔な答えが返ってきた。
その後も何に使うなどの話にはならず、「年々少なくなっている」など暗雲立ち込める方向へ向かって行き、最終的に苦笑いで「でももらえるだけマシだよね」と言い合う不景気を象徴するような終点に到着し、ボーナスの話題は終わった。
こんな湿った会話が全国で行われているとしたら、みんな暗くなるし、余裕が失われずっとTwitterで怒っている奴が現れるのは当然である。
もしこのご時世、ダブルピースで「ボーナスは遊びに使い切りました」と言える者がいたら、それはもはやバカではなく、不景気に咲いた大輪の花と言って良いだろう。
山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。
Twitterはこちら:@rosia29
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