第85回/見せたくない。がしかし見せなければ何も始まらない

文字数 2,243文字

 稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。

前回話したとおり、フィナンシャルプランの専門家と会談をしたのだが、せっかくの機会にもかかわらず、こちらのデータを何も用意していなかったため、アドバイスは一般的なものにとどまってしまった。


自分が把握できていないものを提出できるわけがないのだが、わかっていたとしてもそれを見せたかどうかはわからない。


まず、専門家だけならまだしも、そこに編集者が同席していたというのが一番の問題だ。

編集者に知られて良い個人情報など何一つなく、できれば本名すら教えたくないが、そうすると荷物や年賀状を何のためらいもなく、「カレー沢薫様」で送って来る挑戦者が毎年一人は現れるので、仕方なく教えている。


それ以外で何故自分の現状を明かしたくないかというと、恥ずかしいという気持ちがある。

専門家を前に情報の開示を恥ずかしがるというのは、肛門科の診察台で看護師とパンツレスリングを繰り広げるぐらい無益であり、先方にとっても迷惑であることはわかっている。

健康も家計も、まずはプロの前で惨憺たる有様をさらけ出し、助けを乞うところから回復が始まるのだ。


だが自分でもサンサンしすぎだろ、ふざけるなという自覚があるため、恥ずかしい以上に「正直に見せたら怒られるのでは」という恐怖があるのだ。


だがこの、家族や上司、専門家などに「死んでも怒られたくない」という保身こそが死因第一位なのである。

また、せっかく正直に全て吐いて楽になるチャンスを与えられたのに「少しでも怒られを浅くしたい」という気持ちから、中途半端な嘘をついて傷を深めることも多い。


私も、病院で「いつからこの症状が出ていますか?」と聞かれたら、放置期間を咎められる可能性を考慮して、一週間前からだったとしても「3日前ぐらいですかね?」とどうでもいいフェイクを入れてしまうし、謎の疑問形で相手を無駄にイラつかせてしまう。


病状に関しては今十文字に裂けている肛門が全てであり、発症時期などもはや関係ないかもしれないが、金に関する虚偽申告は危険である。


借金を家族にカミングアウトするとき、咄嗟に額を少なく申告してしまったという話をよく聞く。

これは半端に隠したことで負債が増えるというのもあるが、相手は額ではなく、裏切りの「回数」の方を重く見ている場合が多いので心証的にも逆効果なのだ。


借金が600万円だったとして1回で借金が600万あるとゲロるのと、300万円と少な目に申告し、後で実はもう300万円あると白状するのでは、借金額は同じでも、相手は「2回も裏切った」ことを重く受け止め、実質1200万円分の信頼を失うことになる。

実際、1回の借金では許されたが2回目の発覚で離婚というパターンも多いようだ。


リアルゲロも1回で全部吐いた方が楽なように、どれだけ大量でもヤバいことは1度に吐いた方が相手も自分も楽なのである。


よって、もし借金を吐く機会があったら1度に全額、何だったらプラス100万で吐くように心がけよう。

もしそれで「しょうがないからこれで返して来い」と相手が隠し金を出してきた場合、1回で身ぎれいになる上に「もう100万円遊べるドン!」というボーナスタイムまで発生する。


ちなみに、専門家などに相談する場合も、何故か弁護士相手に借入件数を少なく報告するなど、ちょいちょい見栄を張ってしまい「嘘をつかれたらこっちも仕事にならん」と弁護士に降りられてしまうこともあるらしいので、ゲロを吐こうと決めたら「カッコよく吐こう」などとは思わず、恥も外聞もなく「オボロロロロ!」と言いながら吐かなければいけないのだ。


しかし、家族がカミングアウトに怒るのは仕方ないし、専門家が契約途中の嘘に怒るのも当たり前なのだが、プロが「何故もっと早く来なかったのか」など、過ぎたことに初手で怒るのはむしろプロ失格なのではないかと思う

何せ怒られるのが嫌で来なかった連中だ、最初で怒られたら二度と来ないし、怒られまいと息をするように嘘をつくようになる。



しかし現在では不摂生が原因の患者が大半であろう医者ですら何故こうなったのかを責めてくることはほとんどなく、大体がスーパードライ、もしくは少し優しいぐらいである。

ただし「酒をやめろ」など治療途中の言いつけを破ると普通に怒られたりするので、調子に乗るのは禁物だ。


お金のプロも「毒舌」を謳っている香味が強いタイプでなければ、どれだけひどい家計を見ても、怒ったりはせず、これからどうしたらいいかをアドバイスしてくれるはずだ。


しかし「医者はアナルなど見慣れているんだから気にしない」と言われても、こっちはアナルを見せ慣れていないから気になるのである。



よって、専門家に相談しにくるのは、プロでも手遅れな脱腸アナルか、見せても恥ずかしくない美アナル家計の二極化で、今ならまだ助かるが放置すると確実にまずいことになる、一番相談に行くべきイボ痔家計ほど相談に来ないのかもしれない。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

X(旧Twitter)はこちら:@rosia29

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