第47回/『こづかい万歳』=家庭内SAN値チェカー説
文字数 2,218文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!
前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!
お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。

前回に引き続き「こづかい制」の話だが、やはり月2万程度で過ごすのはかなり厳しいと思われる。
こづかい万歳でも、少ない小遣いでどう乗り切るかが描かれており、やりくりの仕方はそれぞれだが、登場人物たちにはある共通点がある。
まず「目が異常にギラついている」という点だが、これは漫画的表現でそうなっているだけで実際はそうではないと思う、むしろそうであってほしい。
毎回登場人物の小遣いの内訳が書かれているのだが、その中に「交際費」がほとんど含まれていないのである。
「飲食代」や「酒代」という項目があるのでその中に入っているのかもしれないが、飲み会などあったら一気に数千円が飛んでしまい、2万の小遣いだとその時点で破綻しかねない。
よほど気心の知れた友人同士なら、「マックで買ってロイホで食おうぜ」というパンクロッカー仕草で出費を抑えられるが、未だ顔色とマウントを取り合っている相手だとそうもいかない。
つまりこづかい制になった時点で、「人づきあい」はかなり制限されるということだ。
「金がない」という理由で誘いを断ることも増え、友人が減ってしまうかもしれない。
このように「貧困」と「孤立」には密接な関係がある。
周囲の助けが必要な人や困窮している人ほど、助けを求める相手がいないという状態なのだ。
しかし、私が孤立しているのが貧困のせいかというとそうではない。
ただ一般の人なら交際費に使うであろう金を、画面から出てこない人たちとの交際に使ったためにこうなっているだけだ。
つまり金は、使い道を間違えると貧困だけでなく孤立を招くので、よく考えなければいけない、ということである。
だが、人付き合いは大事と言っても、全部大事なわけではない。
世の中には不要な人づきあいも多数存在し、そういう自分も確実に他人の「どうでもいいフォルダ」に入っている自信がある。
しかし、そのフォルダ分けさえできていないと、どうでもいい奴主催の取れ高ゼロの合コンに「なんかいいことあるかも」というヌルい期待で参加し、数千円と2時間を和民グループに寄付し続けることになるのだ。
「こづかい制」は人間関係の取捨選択にも有効なのではないか。
交際費に限りがあれば、交際相手も厳選するはずである。
こづかい制であれば、友人との会食など月1、2回が限界だろう、どうでもいいフォルダ勢となんかジョイフルに行くのも惜しい。
こづかい制になることで友人は減るかもしれないが、それは最初から不要な人間関係が断捨離されただけ、ともいえる。
こづかい制にした結果「自分に真に大事な友人などいなかった」ということが判明するかもしれないが、その分交際費は削減できるのでプラマイゼロと言えるだろう。
そして『こづかい万歳』に出てくる人たちは、基本的に「所帯持ち」である。
稀に独り身でセルフこづかいにしているストイックな人も出てくるが基本的にこづかい制自体、家庭ありきの制度と言える。
そしてもれなく、「家族仲が良い」のも特徴である。
実際は不仲で、こづかいの話よりこづかい制を強いてくる配偶者に対する恨み言が取材の9割を占めていて、そのまま描くわけにはいかないのでそうなっているだけという可能性もある。だが、出てくる家族は大体異常に仲が良い。
そもそもこづかい制になった経緯自体が、「子供が生まれたから」「子供の習い事のため」「マイホーム資金」など「家族のため」なのである。
逆にいえば、こづかい制は「家族仲ぐらい良くないとやってられない制度」と言える。
まず配偶者と不仲だったら相手が「こづかい制」と言い出した時点で、「ちょっと出てくる」と言い残してビジホに三連泊、早くも想定の2万を使い切っての帰還となるだろう。
子供のためと言っても、スマホから一瞬たりとも視線を外さず、自分のことを「おじさん」と呼んでくる娘のために頑張れる範囲はかなり限られているはずだ。
そもそも「家族のために頑張る」という発想がない人間には無理である。
残念ながら「家族に対する責任感」というのは、結婚すれば自動的に身につくというわけではない。
自分が柱の一つとなり家庭全集中の構えにならなければという自覚がないので、「家族の将来のため」や「子供のため」という、説得が刺さらない以前に、理解不能だったりする
よって「自分の稼いだ金が自由に使えない」という提案にも「わけがわからないよ」という顔しかせず、最悪途中で寝てしまったりする。
自分の金を自由に使いたいと思うことは悪くないが、そう思うタイプは家庭に向いていない。
『こづかい万歳』を読んで狂を発してしまうのは、おそらく家庭に向いていないタイプである。
向いてないタイプが家庭を持つと、家族はもちろん本人も不幸である。『こづかい万歳』を読んで、結婚を断念したというならそれは英断である。
もちろん私も狂となったが、時すでに遅しである。
山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。
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