第41回/呼吸をするくらい当たり前に保険に入りまくっている

文字数 2,138文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。

夫から「あなたのあの保険がそろそろ満期になる」と言われた。


これは「あの緑色のヘビだよ」と言っているのと同じだ。


私の好きなフリーゲーム「ヘビの命」に出てくる台詞だ。

主人公はヘビなのだが周りもヘビなので正直見分けがつかない、そこで「どのヘビ(が主人公)だ?」と言う問いに上記の台詞が発せられたのだが、当然全員緑色のヘビなのである。


それと同じで「あの保険」と言われても、まず加入している保険がたくさんあるのでどの保険かわからないし、「建物保険」といわれてもそれが複数あるため特定ができない。


通知ハガキを見てどの保険かはわかったのだが、正直いつどの保険に入ったのか記憶が定かでないので、2回しかしゃべったことがない同級生に30年後に声をかけられた時のようにピンとこない。


ともかく、5年前に入った建物保険が満期を迎えるらしい。

今まであたかも夫に無理やり保険に入らされたかのように言ってきたが、元は良かれと思って自分で言い出したことであり、夫に頼まれて入ったことは実は数えるほどしかない。だがそれが結構な巨額であり、私が保険の話になるたびに苦虫に噛み潰されたかのような猟奇的な顔をするようになったため、現在夫は私に保険に入れとはもう言わなくなっている。


よって、従来なら保険の満期が来たら新しい同じような保険に入るという、スペース保険コブラが始まるところだが、今回はもう再度入れとは言われなかった。

これでめでたく我が家の保険が1個減ったかというと「俺が同じような保険に入って俺が保険料を払う」と言い出したので、やはり何かがくるっている。


しかし、夫は私の数々の所業に文句も言わず耐えているのだから、保険ぐらい気持ちよく入れよと思うかもしれないし、私もそう思っているのだが、入っている数や金額的にちょっと動揺を隠せないのである。


それに仮に私が几帳面でキレイ好きだとしても、片付ける家がなければ無意味であり、他人の家を勝手に掃除したら国家権力のお世話になってしまう。

今であれば警察に羽交い絞めにされても、「俺が払った税金が今まさに俺に使われている」という満足感を得られるかもしれない。

しかし家もないような状態なら、おそらく税金もろくに払えていないだろうし、むしろ税金のお世話になる立場である。

そんな状態で国家権力まで出動させれば自分だけではなく、血税を払った皆様にもご迷惑をおかけしてしまう。


よって家計を破綻させる行為に対しては、自らの行いを棚に上げて苦言を呈していかなければならない。


実際家庭不和の原因第1位は、金のもめごとだと思われる。

じゃあ片づけができないのは問題にならないかというと、次点ぐらいには食い込んでくるが、それも汚す部屋を借りる金があってこそのもめごとだ。


金の切れ目が縁の切れ目というが、あれは「金がない貴様に用はない」という意味ではなく、金がないことで精神がすさみ、金があればしなくて済んだケンカが増え、好きだった相手も憎く感じてしまうせいである。


結婚相手を選ぶ時、年収を気にするのは下品と言われがちだが、バトルの絶えない範馬家みたいな家庭を築きたいというのでなければ、そこを気にしないわけにはいかないのだ。

ただし範馬家は金があるのに揉めているため、金さえあれば円満になるというわけではないが、すくなくとも「蛇口の締め方がぬるい」などのくだらないことで揉めなくて済む。


ちなみに私が保険を継続しなかったのは、「前と同じような保険がもうない」という理由もある。

私を噛み潰す苦虫の顎がだんだん強くなっているのは、保険の条件がどんどん渋くなっているせいもある。


昔であれば、貯蓄型の保険の金利もそこまで悪くなかったため、貯金と思って入ることができたのだが、最近は元本割れも珍しくないため「何故これに入る必要があるのか」と思わざるを得ないのだ。


保険のついでに貯金もできた方が良いと思うかもしれないし、本当に保険のついでなら良いのだが、資産運用目的であれば保険ではなく他の投資を選んだ方が良い。


ただ投資のことはよくわからないし、金があったら使ってしまうという人にとって、保険と同時に強制的に貯金ができる貯蓄型保険は有効と言えなくもないし、何かあった時保険で助かることもある。


おそらく私の不満が大きいのは、「保険のおかげで助かった」というシーンがまだ訪れていないせいと思われる。

私の祖母も妹が夫と同じ仕事をしていたためクソほど保険に入っていたが、最終的に「保険に入っていて助かった」という感想である。


祖母は現在90代半ばなので、私もあと50年もすれば保険に入っていて良かったと思える日がくるだろう。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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