第68回/尿路結石を賢者の石にする医療保険
文字数 2,389文字
稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!
前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!
お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。
先日受けたがん検診の結果が異状なしだったので、私の二つも入っているがん保険はとりあえず出番なしとなったのだが、たまたま今回受けた個所にがんがなかったというだけで、油断は禁物である。
がんは八百万の神の如く人間の部位全てに宿りかねない勢いだし、受けたのはがん検診だけなので他の病気が見逃された可能性もある。
だが、私はがん保険2つ以外にも医療保険に入っているのだ。
明日の米の準備も出来ていないのに、病気になる準備だけはいつも万端である。
しかし幸いにも、保険に入ってから10年近く一度も使用していないため補償内容は全く把握していない。むしろ契約時にすら把握していなかった可能性もあるので、今一度確認しておいたほうが良いだろう。
だがそもそも「医療保険」は、数ある保険の中でも不要論を唱える人が多い保険である。
病気になったら悪あがきせず、侍らしく潔く死ねというわけではない。むしろ日本は侍の国にしては医療保険が整っている方だという。
保険料は上がる一方だし、マイナ保険証の所持率が100%になる見込みがないまま現行の保険証が消滅間近だったりと、崩壊のイントロが流れはじめているような気もするが、それでも無保険という無頼漢は少なく、医療費は基本的に3割負担のみである。
また高額療養費制度というのもある。
医療費には収入に応じた「自己負担限度額」が決まっており、それを越えた分は後で払い戻されるのだ。
つまり、どれだけ高額の医療費がかかろうと、自己負担額の天井は決まっているので医療費の心配をして保険に入る必要はない、ということだ。
ただ、逆に言えば天井までは自分で支払わなければならず、それとて決して安くはないし、医療費だけでなく、生活費の心配だってあるだろう。
それに、後から払い戻しなので、いったんは自分で払う必要もある。
高額療養費制度1本だけを頼りに生きるというのは、なかなか度胸がいる。
そんな、医療費のことを考えると不安で逆に体調を崩す人間のために医療保険は存在するし、加入している人間も少なくはない。
それに、高額療養費制度は「プラスになる」ということはなく、どうあがいてもマイナスではある。
片や医療保険は、プラスになることがあるらしく、先日もXで「父親が尿路結石で頻繁に入院し、その度に保険金が入るので母親が結石を「賢者の石」と呼びだした」というポストを見かけた。
尿路結石と言えば世界三大激痛候補の一つであり、親父が地獄の痛みを味わうたびに母親がえびす顔というのは家庭の治安が悪すぎる気もするが、地獄な上に金銭的にもマイナスという全損パターンも珍しくないのだから、金の心配ぐらいないほうが良いだろう。
果たして私も賢者の石になることが可能なのか、保険内容を確認してみると、まず入院した場合、1日5000円の共済金が最大200日まで支払われるようだ。
さらに手術になった場合、入院手術の場合は共済金の20倍、入院せずに手術の場合は5倍支払われるそうである。
おそらく賢者の石の正体はこれである。入院日数が少なく、簡単な手術であれば共済額の20倍、つまり「10万」の保険がおり、トータルプラスになる可能性もなくはない。
いくらプラスでも入院や手術が必要な病気にになっている時点でとてもラッキーとは思えなさそうだが、喉元過ぎれば熱さを忘れるというように、結石も尿管を過ぎれば痛さを忘れ、後に振り込まれるツェージュウをおいしいと思えるのかもしれない。
だが意図的に得するラインの病気にかかる、というのはさすがに無理である。
医療保険目当てに自力で己の尿管に石を発生させるよりも、生命保険目当てに殺人をする方がまだ簡単なぐらいだ。
医療保険は入っていた方が安心だが、やはり使う機会はないにこしたことはない。
ちなみに私の入っている医療保険には「先進医療共済金」もついており、なんと「1000万」まで支払われるようだ。
先進医療というのは、まだ健康保険の対象になっていない全額自己負担の治療法のことだろう。
それにより病気は治るかもしれないが、治療費が高額になるため、金がない者は諦めざるを得ず「銭さえあれば母ちゃんは死なずにズラ」と主人公を闇落ちさせるきっかけになりがちなのだが、この保険に入っていれば庶民でも1000万分はトライ可能ということだ。
1000万分トライアル治療して、回復の兆しが見えたところで追加料金が払えず死ぬ方がキツイような気もするが、ガチャだって微課金でも出る時は出るように1000万の課金内で治ることだってあるだろう。
現行の治療法で治らないほど大病を患った私が、先進治療を受けてでも「生ぎたい」という、ロビン級の生きる意志を見せるかは疑問だが、そういう奴ほどいざ病気になったら悪あがきをするかもしれないので、悪あがき費もあった方がいいだろう。
しかし、健康保険が適用されない治療に対する保険があるなら、まず歯の「インプラント治療」を支払ってくれる保険に入りたい。
しかし、もはや病気がデフォルトの老が入れる医療保険が少ないように「こいつ保険を使いまくるぞ」とわかっている奴は最初から保険に加入させないのである。
仮にインプラント保険があったとしても、2年に1回インプラントをやっているような私を入れてくれる保険はないだろう。
山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。
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